今朝の新聞に芥川賞、直木賞の受賞者発表と新風舎倒産の記事が同じ紙面に載っていた。

方や、これからの日本文学界のスター候補達、そして他方、今も出版の機会を待つ新風舎を利用した千人超の作者達との皮肉なニュースだった。

　僕のスタジオにはたくさんの文章を書く人、また本業を本という形で紹介する人たちが撮影にいらしゃる。もちろんそのほとんどは有名出版社から本を出し、その為の表紙や著者紹介、宣伝等に利用される為の撮影なのだが、なぜか数年前から「新風舎という所で本を出す事になったので、その為の撮影をして下さい」という人が増えだしていた。

そんな中のひとりに、以前仕事でご一緒したグラフィックデザイナーのFさんがいた。彼女は非常に仕事熱心で真面目な性格。けして出しゃばらない変わりにストレスを溜め込むタイプだったせいかもしれない、仕事をしていた会社を変わった後に精神を病み、しばらく治療をしていた。その間に婚約者とも破局する悲劇もあったのだが、共に治療を受けていた優しい今のご主人と出会い結婚した。しかし、彼女の悲劇はさらに続き、ご主人が肝臓ガンを発症し、３つの仕事を同時にこなしながら懸命に看病に励んでいた。

幸いご主人の病気も快方に向かっていたこともあり、彼女は以前から書いていた小説を新風舎のコンテストに応募した。Fさん曰く「貴女の作品は、残念ながら今回の賞には該当しなかったのですが、なかなか見所があり、このまま埋もれてしまうのはもったいないので、共同出版という形で本にしませんか？」という誘いを受け承諾した。しかしその費用は１００万円を軽く超える金額だった。

　そういえば、以前同じような話を別な童話の本を出すという人から聞いた事があったのだが、自費出版という名を借りた詐欺まがいなビジネスだとは、最初は想像もしなかった。

それからというもの、次から次へと「新風舎というところから、本を出す事になりまして、、、」という人が沢山撮影にやって来た．そして、決まって彼らのきっかけは、度々あるコンテスト後の「あなたには見所がある、このまま、、、云々」の誘い文句だった。

　この出版社は、僕のスタジオのすぐ隣の駅にあり、もちろん著名人の作品も出している。だがその本に著者は当然お金は出していないし、全国の書店にも並ぶ。だから一般の人は真っ当な出版社と思うが、自費出版の本はほとんど並ばないのだ。

　

そんな現実を知ってか知らずか、Fさんは自らレジとして働く地方都市の書店に自分の本を置いてもらっていると明るく語った。僕は彼女の笑顔を前にして、新風舎のネガティブな話などとても出来なかった．

その時頂いた彼女の作品には、懸命に働く彼女の日常が愛情たっぷりに書かれていた。だからこそ今回の顛末は、その本を出版する為、Fさんが新風舎から請求された莫大な金額を、どんなに苦労して捻出したのか想像するにつけ、作品と作者を新風舎という会社が汚く醜い手で穢したような気がして、よけいに腹が立つのだ。

　こういうビジネスは文学だけにとどまらない。音楽界にもそれらしいご大層な名前をつけたコンクールを催し、賞に漏れた人たち（ほとんど全員）に「今回は残念でしたが、あなたには、、、、」と誘いをかけ、１０万円程度を料金として受け取り、ほんの数分録音した本人の演奏を何人分か入れたCDをコンビニなどで雑誌の付録として配布するという会社が存在する。実際僕は勧誘に乗ろうとする若い演奏家を止めた事がある。

　芸術家に限らないが、己の才能を信じたい人間にとっては「あなたには才能がある、、」のひと言は、自分の事を理解してくれる人にやっと出会ったという、天からの一筋の蜘蛛の糸のように輝いて聞こえるのだろう。

しかし、今は自分を表現しようと思えば、インターネットという素晴らしい発表の場がある、「電車男」などその典型な成功例だろう．僕もこのブログは気楽に好き勝手を書いているが、本にしたいなどと新風舎のような会社でもない限り来ないだろう！？

恐らく大半の人間は市井の他人の自分史など興味も無い。しかしそれでも自分を知って欲しい、私という人間を認めて欲しいのだと、現代という社会に生きる大半の人間の叫びがある限り、このようなビジネスは後を絶たないような気がする。

　そんな事を思いつつ、是非今読んでいる小説を紹介したい．

邦題「君の為なら１０００回でも」原題「The kite runner」カーレド・ホッセイニ著

早川epi文庫．上下巻それぞれ660円

この本は、アフガニスタンの同じ屋根に育った、主人と召使いでありながら親友同士の少年が過酷な運命に翻弄されながら、かつて主人公が召使いである親友にしてしまった間違いを２６年後に償うという、米国でベストセラーになった素晴らしい作品だ．

僕はこの本のペーパーバックをヒューストンから来た日系の女性から英語の勉強の為に借りた。２〜３章ずつ、なるべく辞書を引かずに読んで居るので時間がかかるが、章ごとに展開が面白く、小説とはまさにこの本の事を言うのだと思うほど心に沁みる！

２月９日から映画も公開される。ぜひご覧下さい！