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2000/06


2000/06/30(Fri) Toronto行き
Torontoに行ってきた。

そこまでちょくちょく行ける距離ではないけど、行けない距離でもない。何だか、勉強の妨げにならないような楽しいところ。

それにしても、道路は混んでいるし、出る時間は遅すぎたしで、今回はあんまりTorontoを満喫できずに終わってしまった...

Maineにいく前に、仕返しをしてやる。

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何だか、もう6月が終わってしまった。

それにしても、今月書いたことを振り返ってみると、なんて脳味噌のだらけた生活を送っていたんだろうと、愕然とする。

確かに、夏休みだって言うのはあるけど、それにしても、自分が望ましいと思うような生活をしていなかったことだけは間違いない。

反省。


2000/06/29(Thr) $600なり
昨日、久しぶりに車を動かした。一ヶ月以上ほったらかしておいたので、前もちょっと調子悪かった上に、更に拍車をかけて調子が悪くなっていた。

たまらず、修理工場に持っていき、見積もりを出してもらうと、$600以上かかる大修理。

ブレーキ関係だから怖いし、Maineにも行くからということで、泣く泣く修理することに。

ボクが買った車が悪かったのか、引っ越しの時に酷使しすぎたのが悪かったのか...

これからは気をつけて運転しよう。


2000/06/28(Wed) 帰国
何だか、ついに帰国の日が来た。なんだか、アメリカにそんなにいるわけではないのに、自分の中でアメリカに帰ることが「帰国」という感じになっているのはちょっと不思議。

アメリカのコトが好きなわけでもないし、アメリカの生活に120%順応したわけでもないのに。



2000/06/27(Tue) 出発前夜
最後に親と一緒に夕食を食べに行って、帰ってきたら友達から連絡が。そのまま、朝3時ぐらいまで。

その後、家に帰ってきてからオヤジ用のmacのset upをしつつpackingをする。packing終了は出かける20分前。

確かに、飛行機の中で寝るために前の日に徹夜をすることは必要だけど、だんだんpackingの慌ただしさが、度を増している気がする。確かに何とかなっているんだけど、このままだといつか痛い目にあいそうな気がする。


2000/06/26(Mon) どういうコト???
なんだか、あっという間に日本の滞在が終わってしまう...

考えてみれば、いろんなコトをやった気もするし、まだまだやり足りないコトも一杯ある。

明日はネジをまいて、一生懸命最後の日本をenjoyしようと思う。


2000/06/25(Sun) 麻雀など
今日は親戚なんかがウチに来て、みんなで夕食を食べた。

その後、なぜか麻雀をすることになる。

ボクはそれまでほとんどといっていい程、麻雀をやったことがないので手ほどきを受けながらの参加となった。それにしても、麻雀用語はこれが日本語かと思えるくらい、ボクにとっては訳がわからないものだった。

どのようなものが役になるかを根本的に分かってないボクは自分のことだけで精一杯で、場の流れとか相手が切ったものとかを見る余裕なんて全然なかったけど、それはそれで面白い経験だった。

でも、話を飛躍させれば、自分が全体的な流れを掴んでいなければ、個々の事象なんて分かるわけがないし、それについて考えを巡らせるなんてコトは不可能だということを実感。

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イトコに二つの写真集を見せてもらう。

一つはアポロ計画の時にとられた莫大な量の写真を編集したFull Moonというモノ。たぶん、写真の専門家が撮ったわけでもないのに、圧倒的なモノをその写真集にちりばめられているいくつもの写真から感じた。もう一つは、アラスカの自然を撮ったもの。それは偶然にも高校・大学の先輩らしかった。その写真からも、この世のモノかと思える程のショックを受けた。今のボクにはそれを文章で表現できるだけのモノを持っていないけど、とにかく圧倒的だった。

でも、写真の善し悪しは何で決まるのだろうという、疑問を持った。アポロ計画の写真は特にその疑問を際立たせてくれるモノだった。


2000/06/24(Sat) 再会
高校・大学と一緒にアイスホッケーをやってきた奴等、ほぼ全員と久しぶりに再会。

やっぱり、そういう奴等とはいくら時間が空いても、距離が離れていても何となく自然に話が始まる。ここが恋人と友達の違いかなと最近実感。

やはり、恋人と付き合うっていうのは共有するものがあればあるほど、絆は深まるものだろうし、もしかしたら経験を共有したいと思うからこそ、付きあうと一緒にいる時間が長くなるのかもしれない。当然、恋愛なんてモノがこういったものだけで割り切れるなんてこれっぽちも思わないけど、そういう側面があるはず。

奴等は当然のごとく時間通りに現れない。結局、店の予約の時間に現れたのは、ボクとウチのマネージャーをやっていた女の子だけ。半数ぐらいは社会人としてやっていっているわけだけど、本当に大丈夫なのかな?なんて心配をしてしまう。結局、飯を食べながら飲んだ後、3時近くまでカラオケで騒ぐ。

はぁ、楽しめたとはいえ、今日も全然勉強してないや。


2000/06/23(Fri) メガネ
今日は日本での最後のアイスホッケーの練習に参加してきた。

ここ一ヶ月あまり、一週間に一回ぐらいのペースでアイスホッケーをやってきたけど、落ちた自分の体力が回復することはなかった。

練習の帰りに、高校と大学の1・2年の時に頻繁に行っていた店に寄って、大盛りのパスタを食べる。そこのおばちゃんは未だに覚えていてくれた。一緒に行った友達も、大学院生だけど、おばちゃんにはどう考えてもボクら二人が大学院にいることが信じられないみたいだった。まぁ、その時の時代のことを考えれば当然といえば、当然だけど。

さらに、足を伸ばして頼んでおいたメガネを取りに行く。今回のメガネは結構気に入っているけど、ビジュアルを重視しすぎたためか、ちょっと機能性に欠けるかも。スゴク目が悪いから(メガネを買ったときに、スゴク視力が悪かったから店のヒトに視力矯正の手術を勧められた。でも怖くて出来ない。)なるべくレンズを小さめにして、レンズが厚くならないように工夫しているわけだけど、今回のは鼻にあたる部分が、普通のメガネと違うからメガネ全体が今までかけてたのより、顔から離れている。だから、レンズの大きさは以前のものよりも若干大きいかもしれないけど、今回の方が視野は極端に狭いかも。

まぁ、慣れれば何とでもなりそうな気はするけど。


2000/06/22(Thr) イキであること
多くのことに、様々な意味で作法が存在する。それは伝統的に培われてきた形式的なモノであったり、常識的に感じられるルールのようなモノであったりする。

しかしながら、作法とは形式の美であり、それが自然に見えるとき美しいものであって、わざとらしさが目立った際には、無知から由来する不作法よりも嘲笑の対象となる。

プリミティブな欲求を越えたものがイキであるための必要条件だと感じていたが、イキであるためには、当然のことながら様々なコトが要求されるコトを今回日本に帰ってきて色々と実感した。それは経験であったり、知識であったり。

とかく専門的な文化が進んだ現在に置いて、幅広い知見を得ることは難しい。しかしながら、経済学という範囲に捕らわれることのない多様なモノに触れなければならないし、総ありたいと思う。

一時期、江角マキコは"ナチュラル"であることをウリにしていたが、ナチュラルであることを指向したり、標榜した時点でナチュラルではないという逆説的な問題をはらんでいる。結果としてのナチュラル差を獲得するために、様々な自分が触れるモノに対して素直でいたいと思う。

イキ過ぎには心を配りたい。


2000/06/21(Wed) 前国連事務次官
深夜のチャンネルを回すと、前国連事務次官の明石康を特集した番組がNHKで放送されていた。

どちらかといえば、それまでの彼に対する印象は良いものではなかった。しかしながら、少なくとも番組を最後まで見終えて、そのあまり良くなかった印象はニュートラルな場所まで戻った気がする。

番組では、彼の留学時代を回顧する形で、留学していた学校などを訪れるものであった。日本が国連に加盟する以前にアメリカに留学し、国際政治や今では国際関係論とでも呼ばれるような分野を勉強していただけでも、尊敬に値する。僕らは今、internetのおかげで、彼の時代と比べると天と地の差もあるほど、ある意味楽な留学生生活を送ることが出来ている。

チャンネルをザッピングしながら見ていたから、はっきりとは覚えていないけど、日本人としてのアイデンティティについても少し触れていた。彼曰く、「日本人は生まれながらにして、日本人である」、そして、「アメリカに生まれるヒトは、アメリカの理念を信じることでアメリカ人になる」と。どこかで聞いたことがあるようなフレーズではあるけれども、ボクの中では、それはその時、凄く新鮮なもののように感じた。

ひねくれて考えれば、彼は番組を通じて自分を演出していたかもしれない。それを差っ引いたとしても、ボクには都知事選に立候補しようとしていた、しみったれでケツの穴の小さそうな明石康には見えなかった。


2000/06/20(Tue) ISSEY MIYAKE
東京都現代美術館に三宅一生展を見に行った。

元々、自分が女性だったならPleats Pleaseを着たい、と興味を持っていたけど、実際に見てみて、より興味が湧いてきた。

インスタレーションとしての空間の使い方と、機能性(ある種の作品解説的な部分)が巧く融合されていた気がした。けど、服というモノそのものを考えると、飾ってあるよりも実際にヒトが着ているほうが何倍も魅力的に見えることは間違いないと思う。

アート的なモノに対して興味を持ち、見るようになったのは最近のことで、バックグラウンドとなる知識もないけれども、いつまでも、自分が見て、直感的に良いと思えるものを、良いといえるようでいたい気がした。

知識が増えるにしたがって、「XXXはYYYだからダメだよ」的な見方をしてしまいそうだから。


2000/06/19(Mon) ダメ人間?
友達と久しぶりに会う。

この間会ったときは、ボクの都合で全然話せなかったけど、今回はいろんなコトをおなか一杯にしゃべる。沖縄料理を食べ、高田馬場のcafeでお茶していたら、アンディー・フグを発見。そのcafeに前に行ったときも見た。それにしても、パフェもどきを3つも食べるのはどうかと思う。

Summerの時の友達と色々連絡を取って、新宿で集合。ご飯を食べたり、カラオケ(懐メロ限定)したり。楽しく過ごす。

依然として、やらなければいけない勉強ははかどらず。


2000/06/18(Sun) 変わりなし
引き続きぼ〜っと過ごす。

それにしても、アメリカに帰る日が近づいてくると、本当に勉強する気が失せてくる。それまでは、なんだかんだ言って教科書を読んだりしていたのに。

Semester中はほぼ毎日これを書いていたわけだけれども、こっちに帰ってきてからはどうも滞りがち。何だか疲れてしまって書く気が失せてたりする。

本当ならば、Buffaloよりもずっと刺激的だと思っているんだから、もっともっと書きたいことがあってもいいはずなのに、どうやら今はアンテナが上手く張れていないみたいだ。


2000/06/17(Sat) 疲れすぎ
昨日はイトコとおじさんと深夜まで飲んでいていろんな話をした。

なかなかあんなに話す機会がないだけに凄く面白かったけど、いかんせん、今週は疲れすぎた。

というわけで、今日はたまったメールに返事を書いたり、本を読んだりで、ぼ〜っと過ごした。


2000/06/16(Fri) ふとした疑問。
総選挙が近くなってきて、色々な政党が色々な公約を掲げていると思うけど、例えば過半数をとれないような立候補者数しか擁立できないで、公約を掲げることっていうのは理屈としてあっているんだろうか?

いくら公約を掲げたとしても、それを実行できる可能性が元々ないようでは、それは絵に描いた餅に過ぎず、公約とは言えないのでは?


2000/06/15(Thr) 問題の所在
山崎正和の「柔らかい個人主義の誕生」を読んでいると、
(高度成長期以後の)問題の本質は、普遍的な不幸が解決されればされるほど個別的な不幸の重みが増す、という逆説
山崎正和「柔らない個人主義の誕生」中公文庫 p.46
という記述にぶつかった。

確かに、このことは現在における、様々な問題のルーツを上手く言い当てているのかもしれない。戦後の復興下における貧困や、福祉衛生などマクロな問題は、経済発展と相互依存する形で、マクロ的な方法で解決されてきた。

大きな問題が存在する時期に置いて、相対的に個別的な問題はささいなことである。えてして、問題は些細であればあるほど、相談しやすく、また自ら解決しやすい。

しかしながら、大きな問題が解決されるにしたがって、個別的な問題のウェイトが高まってくると、それは以前と同じものであったとしても、なかなか周囲に相談できなかったり、自己の中で消化しにくくなる。一見すると、まったく問題がなさそうに見える社会では、問題を抱えていることは、ある意味、負い目を負うことになるからである。以前はそのような問題を抱えていることは全く普通なものであったにも関わらず。

そうした状況では、問題をあたかも抱えていないかのように、それを無視したり、他者に対して放り投げてしまうかもしれない。マクロ的な問題には、マクロ的な解決策が有効なように、ミクロ的なモノにはミクロ的な解決策が不可欠であるにも関わらず...

以前読んだ新聞の記事に、大学審議会の答申として、大学生の不登校や友達が作れないという問題に対して、大学はよりそれに対するサービスを強化すべきであるという、バカげた答申を紹介していたが、そのようなある意味、大量生産的で、前時代的な解決方法ではなく、問題を抱える本人や関係者がどこに問題の本質があるか向き合うことの方が重要なのではないだろうか。

例えば、知識を吸収する際に個別の事柄を理解することと、それが全体として何を意味するかというインタラクションが重要な様に、マクロなモノとミクロなモノのインタラクションは、どの事柄においても重要であると、ボクは思う。


2000/06/14(Wed) 讃岐うどんツアー =3日目=
今日は、朝早くから東京に向けて移動。

いきなり、みんなで1時間ほどの寝坊。レンタカーを夜の8時までに返さなければいけなかったので、飛ばしながら帰る。

一日中ずっと移動。

いや、ホント疲れた。

3日間の合計走行距離は、およそ1700kmにも及んでいた。


2000/06/13(Tue) 讃岐うどんツアー =2日目=
みんな眠い目をこすりこすり、check out直前に目を覚ます。

今日はいよいよ、今回の目的、讃岐うどんを食べる。朝食も摂らず、手に入れていたガイドブックにしたがって、目的の店を目指す。目的地をカーナビにセットし、向かってみるものの、なぜか人影が無い...近くまで寄ってみると「店じまい」の張り紙が。

今回借りたオデッセイにはカーナビが搭載されていた。自分で使ったのはこれが初めてで、カーナビの威力を存分に味わうことになった。東京では必要ないかもしれないけれども、どこか知らない土地に行くときにはあんな便利なものは無いと思った。道がわかりにくいから、本当はアメリカで持ちたいところだけど。

気を取り直して、次の店に向かってみる。今度の店は、納屋のような表通りに面しているわけでもなく、田んぼのそばにひっそりと納屋のような店が建っているところである。悪戦苦闘しながら蒲生に到着してみると、本当に分かりにくいところで、うどん屋として営業しているというよりも、うどんの炊き出しをしているといったイメージの店だった。だんだん、時刻もお昼時になっていたので、多くの人が列を成している。その列に加わり、「あったかい、大きいの」を注文する。オヤジさんが器にうどんを取ってくれた後は、天ぷらやアゲを適当に乗せ、汁を注ぎ、お金を払う。

グルメ漫画みたいに、食べたうどんについていちいち書きたくないけど、本当においしかった。それにしても、なんで1個\70の天ぷらがあんなに旨いんだろうか?

蒲生の外観、うどんなどはココ

本当ならば、一日5食分ぐらいうどんを食べたかったんだけど、予定の関係で、結局ココで食べた讃岐うどんが、最初にして、最後のうどんになってしまった。やっぱり、7人もの大勢で旅行に行くと、確かに安上がりになるけど、なかなか難しい所もある。お土産に讃岐うどんを買って帰ろうと思ってたけど、それもかなわず、結局本屋で「讃岐うどんの作り方」の本を買って帰ってきてしまうことになった。

東京から四国まで移動するのに、あまりにも時間がかかりすぎたので、今日は淡路島まで移動して、距離を稼ぐことにする。途中本屋に寄り、淡路島のガイドブックを購入。なんと、神戸牛の約70%が淡路島で作られていることが判明。ってな訳で、今日の夕食は牛肉を食べることに決定。

淡路島に向かう途中、香川県と徳島県の県境に「日本最大の喫茶店」という、なんだか行かずにはいられなくなるような、看板を何回か発見した。普通だったら、そんなインチキ臭い看板には目もくれないと思うけど、その看板を目にするたびに、「たぶん、コーヒーカップが日本最大なんだよ」とか「いや、角砂糖が最大なんだ」とかバカなことを言い合っていたら、実際目の前に、その喫茶店が現れたときには、寄らずにはいられなかった。

でも、これが入ってみたら、ある種ぼったくりバーみたいな喫茶店だった。席について、メニューを貰うとコーヒー一杯\1000なんていう徳島で一般的とは全く思えない値段のオンパレード。しかも、「食後価格」なるものが存在していて、「食後価格」ならばコーヒーが\400ぐらいになってしまうという、ムチャムチャな料金体系だった。結局のところ、その高い値段は、その喫茶店に飾られてある調度品(ビクトリア調のサイドテーブル、100年以上前の巨大オルゴール、アールデコの照明、ガラス細工のコレクション、巨大なステンドグラスetc...)の維持費+鑑賞料金みたいなモノだった。

しかも、店員が何も知らない東京の大学生だと思って、色々うんちくを語りだしたので、本当に参った。

そんなコトもありつつ、淡路島に上陸。鳴門の渦潮を目の前に見る。

ガイドブックに載っていた、公共の宿で宿泊費を節約。夕食は焼き肉を食べに行く。

今回帰ってきて、食べたかったモノの一つ、タン塩をかなり堪能できた。

満足、満足。


今日の移動:
坂出→日本最大の喫茶店→淡路島


2000/06/12(Mon) 讃岐うどんツアー =1日目=
ふとしたことで、去年のSummer Programが一緒だった友達と讃岐うどんを食べに四国まで行くことに。

もともと、讃岐うどんを食べに行きたがっていた友達と、村上春樹の辺境・近境の「讃岐・超ディープうどん紀行」に触発されたボクとが他の友達を巻き込んで、本場もんの讃岐うどんを食べに行くことになったのは、一週間ほど前のこと。Summer Programの時から、日本に帰ったときには食べに行きたいって話をしてたし、finalが終わったときにも、まさか実現するとは思ってなかったけど、ノリというのは恐ろしいもので、無謀にも2泊3日レンタカーの旅が今日から始まった。

仙台行きの前に、手配しておいたレンタカーをpick upしに行くところから、ボクの讃岐うどんツアーは始まった。予約したのは7人乗りのオデッセイ。

ところが、レンタカーの営業所に行ってビックリ。そこにあるのは、何とも趣味の悪いオデッセイ。どう考えても、一回も見たことが無いような色をしている。

恥ずかしい車に乗って今回同行する友達を拾いに向かう。みんな東京に住んでいるわけではないから、結局四国を目指し高速に乗ることが出来たのは11時近かった。

せっかくの四国までの旅行というのに、あいにく天気は雨。しかも場所によっては、センターラインが見えなくなるほどのムチャムチャな土砂降り。

途中、昼ご飯を食べたり、トイレに行ったりするために何度か休憩を挟み、夜の10時過ぎ頃、やっと瀬戸大橋を渡る。夜遅かったし、雨も降っていたのであまりキレイな景色は見れなかったけど、瀬戸大橋の途中のパーキングエリアで寄り道し、瀬戸大橋を下から眺める。これが人間の作っったモノかと疑うようなスケールのでかさはただただあぜんとするばかりであった。Niagara Fallsを高校生の時に初めて見たときと同じように、自分の想像を遥かに超えたスケールの大きさは、ある意味、現実感を失わせる。

11時を回ったころ、やっと四国の入り口、坂出という街に入る。そして、駅員さんなどに色々聞き、安いホテルを探しつつ、電話をかけ値切る。

近くのガストで遅い夕食を摂る。コンビニで酒を買い込み、飲みながら就寝。


今日の移動:
東京→横浜→東名高速→名神高速→阪神高速→瀬戸大橋→坂出


2000/06/11(Sun) 駆け足
朝、8時に自宅を出発し、仙台へと向かう。家族と墓参りなどをした後、仙台名物牛タンを食べる。そして、一路那須へと向かう。温泉に浸かり、日本食を食べる。ここまでが昨日の行動。

そして、今日、東京へと戻ってきた。総走行距離800kmほど。

明日は、友達と讃岐うどんを食べるために、四国を目指す。とてもハードなスケジュール。

今日は買ってきた銀河高原ビールを飲んで爆睡の予感。

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それにしても、選挙戦が徐々に本格化してきた感じがする。

特に、自民党は民主党が提案している、課税最低限引き下げについてかみついている。弱者切り捨てだの色々言っているが、本当の所はどうなのだろうか?

今後のコトを考えると、痛みが伴うのは当然の様な気がする。しかしながら、それを覆い隠して、選挙用のパフォーマンス的な政策だけを打ち出すのはやめてもらいたい。もし、落選運動などやるくらいだったら、政党の公約実施割合なんかも公表してもらってもいいと思うのだけど。

現在の国債発行残高の巨額さについて色々言われているが、元々はロボットの様に「景気回復してほしい、景気回復してほしい」言い続けた我々、選挙民の責任ではないのだろうか?そういう選挙民を目の当たりにすれば、結局、選挙民ウケする政策が多く採用されるコトになる。更に、選挙前には、我々に甘いエサを吊らざるを得ない。

もちろん、これが議論を極めて単純化しているのは承知だが、これはある意味、民主主義の悪しき点では無いだろうか?

当然、みんな自分はいい思いをしたいと思うだろう。これは我々だけでなく、政治家にも言えることである。では、誰が苦い薬を飲もうと言い始めるのだろうか?

こういう風に考えたときに、指示できるかどうかは別としても、今回の民主党が苦い薬を提示したことはある程度評価できる。

もし、民主党がこの政策のせいで大幅に負けるとするならば、ある意味、日本の将来も見えてくる気がする。



2000/06/10(Sat) 日本の味
ただいま温泉に浸かりながら日本を堪能中。

詳細は後日。


2000/06/09(Fri) 不能
深夜の試合観戦→朝練直行なんていうむちゃなスケジュールのおかげで、全く使い物にならず。

朝練から帰ってくるときに、死にそうな思いもしたし...

年はきちんとわきまえよう。


2000/06/08(Thr) 全体と細部
夜、大学の時のアイスホッケーのチームの試合観戦。

それから、朝練に徹夜で直行。

マジ眠すぎ。

結局全然試合に勝てないんだけど、その原因は周りが見えてないことなのかもしれない。もちろん、勝ちたいっていう、がむしゃらさが足りないのももちろんなんだけど。

FWがいい感じに浮いていたとしても、そこへDFからいいパスが出てこない。そんな感じでは、たとえ試合に勝ちたいっていう執念があったとしても、ダメそうな気がする。

ある目的を達成しようとするときに、当然、一人の力だけでは何ともならないことが多いわけで、そうだとしたら、やっぱり、どう自分以外を使っていくかっていう視点は大切だと思う。これは何もスポーツには限らないだろう。周りが見えてない、狭い視野での行動は周囲との軋轢を生むかもしれないし、それは独りよがりのモノでしかないかも知れない。

例えば、経済学的には良しとされることでも、他の分野から見たら、全くおかしなこともあるかもしれない。そういうコトを見えなくなるようでは、結局使えるモノは生みだされず、専門バカと呼ばれるのかもしれない。

全体と詳細とのインタラクションをいつまでも忘れないでいたい。


2000/06/07(Wed) 成熟した国
日本は例外的とも言える経済発展を遂げ、世界でもトップクラスの経済力を持つ国にまで成長した。しかしながら、よく指摘されることではあるが、政治的、国際的なプレゼンスは、その経済的な存在感と比べると極めて薄いと言わざるを得ない。

何故なのか?その答えを簡単に求めるならば、日本としての長期的なビジョンに欠けるという点に尽きると思われる。高度経済成長の時期には、その内容はどうであれ、国内的には「所得倍増計画」「日本列島改造論」などといった極めてキャッチーな中期的なヴィジョンが存在していた。それが成長の原動力の一因であったことは疑う余地が無いであろう。

成長の過程においては、そのヴィジョンは中期的なものでも、十分に事足りた。何故ならば、キャッチアップの指針を提供するだけで良かったためである。しかしながら、トップレベルの経済大国の地位を獲得した現在において、長期的なヴィジョンの欠如は致命的としか言い様がない。極端に言ってしまえば、その当時の先進国から学べるモノを全て学んだ結果としての現在があるわけである。

しかし、逆に他の発展途上国から真似される立場に置かれたということは、我々があたらなモノを生みだし、切り開いていかなければならないことを意味する。

現状に対処するのではなく、将来的なヴィジョンを考え、作り出したうえで、自ら実現していくコトが現在の日本に本当に求められているコトなのではないだろうか?

将来的なヴィジョンという点では、ベクトルはどうであれ、小沢一郎は自らの構想とそれを実現しようという意志があったように思われる。しかし、Power Gameに終始し、必要なコトを怠ってしまったのではないか。

必要なことは何か?長期的なヴィジョンを形成するうえで、もっとも重要なのは現状を把握するコトである。しかしながら、ジャーナリスティックに伝えられるコトは正確で注意深い、客観的な分析を邪魔する。

客観的で本質を捉えた分析を踏まえた上で、長期的なヴィジョンを形成し、それを実現していこうという原動力が成熟した国には必要なのである。


2000/06/06(Tue) 神の国、民の国
最近、巷では森総理の「神の国」発言が波紋を呼んでいる。それに対して、民主党は「民の国」などと表現し、批判を強めている。

しかしながら、「民の国」と言う表現を考慮したうえで、「神の国」という表現について考えてみると、あながち的外れでないコトに気付く。

「民の国」といった場合、国民が中心となって自立した発想の中で動いていく国を意味する、と鳩山由紀夫は述べている。つまり、国を形成する我々国民が、高い意識を持って政治に参加しているか、既存の政治家に対して批判しうるだけの意見を持っているかどうかが問われる。

しかしながら、残念なコトに、そのような「民の国」という意識を我々の多くが持っているとは考えにくい。どちらかといえば、たとえ徐々に変わってきているとはいえ、政治を自分とはかけ離れた次元に置き、無関心でいる風潮が強い。

そういった意味で考えると(彼が意図していたかどうかは別にしても)、「神の国」という表現は今を象徴するようなメタファーのような気がする。


2000/06/05(Mon) 行き先
ボクはどこに向かっているのだろう?

あまり知らないでいた頃、見えていた目的地は、いろいろなコトを体験し、いろいろなコトを知るたびに、ぼやけていく。

それをまたクリアにする為には、もっともっといろいろなコトを知らなければならないんだろう。

でも、知れば知るほど、再びゴールはぼやけてしまうのかもしれない。


2000/06/04(Sun) 見解の相違
人間、まったく同じ思考回路を持っているわけでもなく、まったく同じバックグラウンドを持っているわけでもないから、誤解が生じたりすることは当然有りうるコトだけど、スゴク本質的な部分で見解の相違に気づくと、何だかちょっと複雑な気分になる。

ボク自身のsolutionがそれによって変わるかっていうと、あまり変わらないんだけど、動揺することは確か。

現在動揺中。

何だか、上手く表現できないや。


2000/06/03(Sat) OB早慶戦
なんだか、今週一週間もあっという間に終わってしまった。しかも、遊び過ぎ。registrationも完全に終えてないし、勉強も全然はかどってない。ヤバイ。

で、今週のメインイベント、OB早慶戦の日がやって来た。日本で働いたり、勉強しているメンツが結構集まって、また昔と同じようにホッケーが出来た。やっぱり、みんななんだかんだ言っても、忙しかったりするから、みんな体力は当社比70%減って感じだったけど、徐々に調子を取り戻したりして全体的にスゴク楽しめた。

現役の頃はOB戦なんて、って半ばバカにしてたけど、やってみると自分がイメージしているような昔のような動きは、とりあえず不可能だし、OB戦はOB戦で楽しくやることが出来た。

今日は、他にも色々盛りだくさんだったけど、いやはやホント疲れた。

たまってた日記をまとめ書き。


2000/06/02(Fri) アイスホッケー
日本に帰ってきてから、二回目の練習をしてきた。明日はついにOB戦の当日。

実際、全然動いてなかったから、ムチャムチャ辛いけど、スポーツをして汗をかくっていうのは、本当に気持ちがいい。

結局、疲れてしまって昼間に爆睡。

夜は、友達とひさしぶりに会って、鉄鍋餃子をしこたま食べた。

あと、アメリカに帰るまでに食べたいもの。
1.まい泉のトンカツ
2.次郎@吉祥寺
3.タン塩

いざとなると思いつかないもんだ。


2000/06/01(Thr) misc
勉強をしてみたり、友達と会ってみたり。

でも、休みだとなかなか思うように勉強が進まない。

しかも、こっちに帰ってきてから、毎日のように飲んでるから、その後勉強するってコトも出来ないし。

大体、昔の頃のように、はちゃめちゃな生活パターンを送るようになってしまった...

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