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2001/01


2001/01/31(Wed) 銀行
Bank Statementが送られてこないので、銀行に行ってきた。

とはいっても、Bank Statementが送られてこなくなったのは去年の5月くらいから。本来ならばマズイものなんだろうけど、銀行まで行くのが面倒くさくて、ずっと延ばし延ばしになっていた。

意を決して(?)銀行に行き、話をする。すると端末でカタカタやった後に返ってきた答えは、「そんなアカウントは存在しないわよ」

おいっ!

それまで何度となくcheckを使ってきたし、ATMでお金も引き出してきた。無い訳ないじゃないか。それにしても、何らかの事情でそういうことがあったとしたら、本当にとんでもないことになる。

一応どこでも、お金さえあれば何とかなる訳で、それの重要なライフライン(?)に問題があるとなれば、それこそ一大事である。極端な話、車が盗まれたってお金さえあれば何とかなるっていうのに。

係のオバチャンは様々な方法でアカウントを見つけようとする。それでも見つからず...

どこかに電話して、彼女は指示を仰ぐ。

すると、ボクのアカウントが存在していることが明らかになった!

タダ単純に彼女が検索するための条件を入力する際に、何らかのoptionを忘れただけだったみたい。

ほっとする。

彼女は「何でかは聞かないほうがいいわ」って言って、申し訳なさそうだったけど、ボクとしてはきちんとアカウントが存在しているだけで、ある意味、御の字。

そして、無料でもらえるだけの過去のBank Statementをもらって帰る。

今まではBank Statementが来なかったので、一ヶ月に厳密に言ってどれくらいお金を使っているかわからず、大体でやってたけど、改めて数字になって出てくると何だか嫌な感じ。

それにしても、アメリカに留学しているヒト全員が感じていることだろうけど、どうして日本では当たり前の様に出来ることが、彼らには出来ないのだろう???

あ〜、めんどくさ。


2001/01/29(Mon) なんだかんだでもう週明け
どうなっているのでしょうか?

あっという間に、休みが終わってしまった。しかも人様よりか多い週休3日なのに...

それなりに色々なことをやった気もするし、やらなかった気もする。ある意味、メリハリがないのかもしれない。

前回、diaryを書いたときには、Linuxを使い始めた事を書いたけど、それから一週間もしない間に、またinstallし直す羽目に。MacOSとLinuxを入れているHDのフォーマットの形式をなぜか間違っていたので、MacOSとLinuxの間でデータのやり取りが出来なくなっていたため。

本当に今セメに入ってからパソコンに向かっている時間が多い。

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友達からアイディアをくれというメール2通あり。一つは何故か参加(実際に何もしてないけど)することになった友達の会社もどきが手がけるプロジェクトについて。それにしても、頭の中に浮かぶアイディアはあるもののそれを形にして、メールで送信するという作業が面倒くさい。

それから、友達のweb page作りについて。勝手にヒトを頼みにしているみたいだけど、どうなんだろう。全部作らせてくれるなら、いいんだけどなぁ。でも、そんな時間もないし。

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村上龍がやっているJMMというメールマガジンがボクとクラスメイトの間で話題になる。

毎週、経済に関することで村上龍がお題を出し、それに対して様々な分野の専門家が回答するというもの。専門家達は大学の先生だったり、シンクタンクの研究員だったり、金融機関の専門家だったりする。でも、時々そこに読者からの回答という形で紹介されるものがある。

そこに二人で頭を絞って、回答を投稿しないかというもの。まぁ、それが採用されるか、されないかは別にしても、いい刺激になると思うし、将来的に考えてもいい訓練になると思う。

まぁ、今セメの目標は色々なことに取り組むことだから、無駄な時間がないようにしないと。



2001/01/24(Wed) Linux始動
かねてから手を付けよう、手を付けようと思っていたLinuxをある程度使い始めた。

日本に帰ったときに、PowerBookの内蔵HDを換装して、MacOSとLinuxの両方をBoot出来るような容量にした。で、Vine Linuxというディストリビューションパッケージを購入して、installするというところまでは三が日の間日本でやったけど、その後ほったらかしにしてあったものである。

RedHat系なので、installはむちゃむちゃ簡単だった。思えば3年ほど前にMkLinuxというappleが手掛けていたLinuxをinstallしようとしたときにはPPP接続さえ出来ずに断念したけど、今日PPP接続も出来るようになった。

これで、何とか使用に堪えるレベルまでなったと思う。

Linuxをどう使うか?これはmac友達によく聞かれた疑問。

基本的にUNIXはこれから研究者として飯を食っていくならば、たぶんどこかでは触れなければいけないだろうし、分かったほうがはるかに自由度が高まると思う。だから、Linuxを自分で使うことで、UNIXに慣れていくことは目標の一つ。

それから、プログラミング。これも出来なくても何とかなるかもしれないけど、出来ればこれほど役に立つことはないツールの一つ。Linuxならば、わざわざ開発環境をお金を出して買う必要がない。さらに、macのJava開発環境は普通よりかversionが遅れているので、Linuxを使ったほうが良いはず。

ただ、Linuxでパッケージに含まれている以外のソフトをinstallしたコトがあるわけでもないし、あくまでも目標。

今日も学校から帰ってきてから、なんだかんだで3時間以上をLinuxに費やす。macならば、勝手が分かっていることでも、いちいちdocumentを読まなければいけなかったりする。そんな感じで時間があるときにしかcomputerの勉強は出来ないので、このsemester中にある程度の成果が得られればなと思う。

それにしても、他のどの教科よりも一番時間を割いて熱心にやりそうなのがマズイ。


2001/01/22(Mon) 数学難し
あんまりやる気がない始まりだけど、それなりにあがいてみたりもする。取りあえず、一月中に自分のペースに持っていくのが目標。

それにしても、先セメの数学の続きであるIntro Real Variables 2は難しすぎる。このカテゴリーの考え方に慣れるまで随分と時間がかかりそう。

自分の頭の中で想像できるのは、当然3次元まででn次元なんて言われると、頭の中に浮かぶのは?マークのみ。以前にこの授業をとったヒトの話を聞けば、終わりの方は本当に難しくなるらしい。

いつも考えることだけど、何でボクは自分が嫌なモノ、意図的に自分から遠ざけて来たものに、結局近づいていってしまうのだろう?大学時代も、経済学の数学系だとか理論系をひたすら避けて歴史系ばっかり取ってたのに、なんでいま理論を勉強し、さらにmath departmentの授業を取っているんだろう?。さらに英語が嫌いで、受験勉強を経験しなかったメリットを最大限に活かして(?)楽な授業+カンニングのオンパレードだったのに、なんでアメリカで勉強しているんだろう?

本当に頭に浮かぶのは、あの時勉強しておけばという後悔だけ。少なくとも、自分の将来的なビジョンを予想していたならば、ちょっとはモチベーションもあったんだろうけど、旅行以外で日本から出るなんて思ってもみなかったし、ただ漠然と大学院に行くのかなぁ?って思ってたけど、ココまで勉強するとも思わなかった。

そりゃ、自分なりに言い訳すれば無理ってもんだ。それにしてもこの行き当たりばったり的な駆け込み人生をそろそろ計画的なモノに変えていきたいものである。

今セメは自分で勉強しようと考えているモノも山ほどあるわけだし、授業が少なくて比較的自由に使える時間が多いときに、それをいかに使うか、ボクが一番苦手なtime managementがカギを握っている。


2001/01/18(Thr) 始まる
日本から帰ってきて、あっという間に学校が始まってしまった。なんだか今回の休みは休んだ気がしないのは気のせいだろうか?

授業が始まるも、勝手に曜日を勘違いしていて一番最初の授業をぶっちする羽目になってしまった。まぁ、これが一番最初の授業でintroductionだからよかったようなもの。なんだか、アメリカに帰ってきてもまだ日本気分が抜けないのか、なんだかボケている。というか、アメリカの生活になじんでない感じ。今回は2週間しか帰らなかったというのに、何なんだろう?

時差ぼけもひどい。

夜の11時くらいには眠くなってしまって、というよりも起きていることが不可能なくらいの睡魔に襲われて、夜中の3時とかにガバっと起きてしまう。普通の人からすれば、11時に眠くなるなんて正常じゃんって思われるのかもしれないけど、ボクにとってはある意味異常。勉強も出来ないし、疲れもたまってしまう。

時差ぼけと授業がまだ始まったばかりというのを口実にほとんど勉強せずに本ばかり読んでいる。でも、そうやって呑気にしているわけにもいかない。

今回取る授業は合計で3つだけど、どうやらどれも時間を取りそうなものばかり。先セメに続いて取る数学は相変わらず、というよりも前よりもはるかに訳分からないし、Information and Internet Economicsという自分の興味分野にどんぴしゃではまるクラスはいきなりテキスト以外にものすごい量のarticleを読まなければいけない。Applied EconometricsもComputer Labでかなりの時間を取られるはず。なんせSASなんて使ったこともないし。

うう〜。

まだアメリカに戻ってきたばかりだけど、無性に日本に帰りたいのは気のせい?

*この前書いたと思ったものが保存されていなかったので01/15/01付けで追加。


2001/01/15(Mon) memorandum
省庁再編その後
省庁再編という行政改革は、一見小さな政府を嗜好しているかのように見えるが、実態は全く逆のベクトルを向いているらしい。それは、銀行の合併劇に見られるように出身母体を軸とした覇権争いである。

限られたパイのシェアを取り合うだけでなく、その限られたパイそのモノを拡大しようとする内なるエネルギーが猛烈な勢いで蓄積されているわけである。

したがって、外見的には省庁の数は削減されているにも関わらず、それらが握る権力の総体はむしろ将来的に増大してしまう可能性を多分に含んでいる結果となっているようだ。


Starbuck vs Excelsior Cafe
日本におけるコーヒーショップをめぐる争いは一部のブランド化した、オシャレっぽく、そして高いカフェを除けば、一時まではドトールが圧倒的な地位を占めていたということに異論はないはずである。

一杯\180という今までにない価格でそこそこのクオリティーのコーヒーを80年代、90年代を通じて提供してきたのはドトールであった。それに対して、¥150 (+消費税)という価格競争を挑んだのがProntoであり、VELOCEであった。しかしながら、両者は店舗数、クオリティーなどの点で劣っていたことは否めない。

しかしながら、低価格のコーヒーショップマーケットがある程度飽和状態になってきたと同時に、勢力を拡大したドトールの対抗馬となったのがStarbucksである。価格競争を挑むのではなく、Starbucksというアメリカ生まれのブランドとそこそこ気軽に利用できる価格設定で一躍、一大勢力を築くことになった訳である。さまざまな種類のコーヒーをドリンクとして売るだけでなく、自社ブランドの様々なコーヒー豆、マグカップなどの商品群、スコーンやサンドウィッチなどを携え、totalでStarbucksというイメージで競合他社との製品差別化を図っていった。

世界に展開するStarbucksの店舗群の中でも一番の収益率を誇り、近年中に日本中で500店舗を展開させる計画も去年発表されたはずである。しかしながら、それに対しそれまでの覇権を維持してきたドトールも指をくわえて見ている訳ではなかった。

1997年ごろから実験的に展開していたExcelsior Cafeをより大々的に展開させるようになる。これはStarbucksを意識していることは明らかである。これまで何回かのロゴデザインの変更を経ても、お世辞にもオシャレさとは全く無縁であったドトールであったが、緑と青を基調としたロゴを初めとして、店内インテリアもイタリア人デザイナーを起用して、オシャレさを強く意識したモノを採用している。

店内にdisplayされている商品群にしても、極めて類似していることが良く分かる。しかしながら、基本はドトールである。細々としたモノや、基本的なラインナップなどは従来のドトールと変わらない。おそらく使われているコーヒーなども一緒であろう。(少なくともラテを頼んでも違いは分からない)店内を彩っている植物類にしても、ドトールと同様の手法で供給しているはずである。

驚くことに、それでも行ってみた渋谷のExcelsior Cafeの店舗は平日の昼間でもかなりの混雑ぶりであった。もし、商品ラインナップのベースがドトールと一緒ならば、恐るべき利益率であろう。ボクが知っているかぎりでは、ドトールの¥180のコーヒーは人件費、光熱費などのすべての経費を含めても一杯の原価は\20であったはずだ。

Excelsior Cafeはドトール的にもupper gradeの店舗として位置づけられているだけあって、価格設定は大体Starbucksと同じようなものである。ドトールは繁華街を中心にこれからも積極的にExcelsior Cafeを展開していく予定のようである。

Starbucksの進出と成功以来、日本に置ける潜在的なコーヒーショップ需要が掘り起こされたのではないかという気がする。



2001/01/12(Fri) 雑感 日本経済
日本に帰ってきている間、ずっと疑問に思っていたことは「本当に日本は景気が悪いのだろうか?」ということ。

渋谷、原宿、新宿、六本木、代官山、恵比寿、秋葉原。

ボクがこの短い期間で訪れたような場所では、言われているような景気の悪さをさほど感じなかった、というのが率直な感想。たった半年近く日本を離れていただけなのに、街はイロイロと様変わりしていた。むしろボクにはその変化が景気の躍動に思えてしょうがなかった。

友達や先生に聞いても、さすがに「景気が良い」という話は聞けなかったけど、そこまで深刻な不況だという意見も聞けなかった。

ただ、今日会った、UMaineにいたときのルームメイトは、違った視点をボクに与えてくれた。

彼の発した言葉は、「ん〜、よく分からないけど、川崎の図書館に行ってみてよ。酷いから」

ボクの視点は、山手線内やその周辺だけを見ていたのかもしれない。言い訳をすれば、時間がなかったから、そういうところを見ている時間がなかったというところなのかもしれない。けれども、ボク自身の中に、ある種の致命的な欠陥が有ったかのように、その時は感じられた。


2001/01/05(Fri) 多忙な日本
忙しい。

ひたすら忙しい。semesterの間ずっとためていた欲望を一気に発散させている感じ。今日も、友達と会って、アメリカにいるときから約束していた「まい泉」のトンカツを食べてきた。その後、彼と別れてから、今度は一人で必要なモノの買い出し。とはいってももっぱら洋服。

fall semesterはほとんどなにも洋服を買わなかったので、欲望は爆発。渋谷 - 原宿間を2往復ぐらいした。それから新宿へ。もう、いくらお金があっても足りないくらい欲しいものがバーニーズ・ニューヨークにはあった。とりあえず、何コかはゲットして帰ろう。

本当に今日は一日中歩いて、そしていろいろな刺激を受けて、普段ほとんど歩いてないだけにむちゃむちゃ疲れたけど、本当に楽しかった。

Buffaloにいるときは気づいていないけど(というか、意識的に気づかないようにしているんだけど)やっぱり魅力的なものに囲まれ多生活がイチバンいい。

とは言っても、前回帰ってきたときに感じたように、忙しすぎて考える時間っていうのが少ないのは気掛かりだけど、まぁ、そういう作業は来セメできるはず。

だから、残り1週間ちょっとしかないけど、日本を満喫しよう。


2001/01/01(Mon) 21世紀
21世紀になったわけだけれども、取り立てて何か特別なことがあったわけでもないし、今までの年越しと何かかわったことをしたわけでもない。むしろ、いつもよりもテンションの低い年越しだった。12月30日に帰ってきて、そのまま友達のウチの忘年会に参加。そして帰宅、朝の6時。

時差ボケなんだか、疲れが取れないんだかわからないけど、多分新世紀を迎えたときには眠りに落ちていたはず。

そんな中でアメリカでの3rd semesterを終えてふと考えた。最初の一年間はある意味がむしゃらになって勉強をしてきた。ボクの大学時代を知るヒトの目には、全くの別人と映ったかもしれない。

でも、夏休みを挟み、2年目に突入してからは、どうも慢心した自分を所々感じた。確かに、一年目を終えてボクが全力を尽くせば、何とでもなるという自信を得たことは確かだ。しかしながら、裏を返せば全力を尽くさなければ、ボクは自分が望むような位置をキープできないこともこれまた確かである。そのようなコトに気付かず、「オレはやれば出来る」という、不確かな自信、というよりも幻想に囚われていた気がする。

たぶん、今までキープしてきた成績を今回の3rd semesterで下げてしまうことになるだろう。でも、これからも勉強を続けていくうえで、よい教訓になったことは間違いない。

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