1.診断における検査の意義
病気に対する診療は,大きく診断と治療とに分けられる。 診断は,医師が行う間診,視診,触診,打聴診などの理学的診断と,血液あるいは尿,または組織などの患者から得た検査材料を検査する検体検査,そして患者に直接測定機器を接続して行う生理(患者)検査などの臨床検査による検査診断,さらにX線診断その他に大別される。
医師は問診によって,患者の訴えや,その患者を取り巻く環境や背景について情報を得,その患者の主訴よりある疾患を推定し,さらに必要な情報を得る努力をする。そして理学的診断により,患者の身体的異常の有無を観察する。その結果,医師は自ら推定する疾患の確定ヘ,あるいはどのような病態にあるかを知るために,より多くの客観的情報を得るよう,臨床検査あるいはX線検査を行う。医師はこのようにして得た情報をもとに,総合的に患者の状態を判断し,診断を下す。このように診断の重要なプロセスは患者から特徴ある,かつ有意義な情報を取り出すことにある。
臨床検査は客観性の高い情報を提供し,ときには患者が訴えをもつ以前に,あるいは臨床症状が出現する前に,生体内での微妙な変化をとらえる場合も少なくなく,近年臨床検査は診療の上でますます重要視されている。
2.臨床検査の種類
臨床検査は日常診療に不可欠であるが,患者に対する肉体的苦痛および精神的不安,さらに経済的負担を最小限度にとどめることが必要である。そのためには医師は,十分に患者を診療し,ただ漫然と検査を行うのではなく,必要にしてかつ最小限度の検査を選択して行うように努めなけれぱならない。
臨床検査は臨床的役割からみて,通常次のように分類されている。患者について一般的な病態把握のために日常,検査室で行われる検査をいう。この中で病態を大まかにぷるい分けるために行う検査を侍にスクリーニング検査と呼ぶことがある。 日常検査には含まれていないが,さらに患者の病態について詳しい情報を得るために,ある限定された臓器などを対象にした検査,あるいは負荷試験など,または不明なものをさらに解明するために行う検査をいう。
3.緊急検査
本来臨床検査はすべて緊急検査というべきかもしれないが,患者について早急に治療方針を決定するため,時間を間わず必要に応じて行われ,直ちに結果が要求される救急検査emergency
testと,日常検査の流れの中に割り込んで,検査結果を短時間内に必要とする至急検査urgency
testがある。 検査室によっては日常検査を行う検査室とは別に24時間,臨床側の要望に対応すべく緊急検査室を独立させて運営する所もある。
4.検体検査
これに対し,検査対象から分類すると,患者から得られた検査材料(検体)について行う検査で,尿,大便,痰,分泌物など患者自身が排出するものと,血液,髄液,穿刺液,胃・十二指腸液,関節液,組織など医師や看護婦などが生体から取り出した検体について行う場合がある。 検体検査には正常か異常か,陽性か陰性か,それらの変化を段階的に(1+),(2+),(3+)のように離散量で表現する定性検査と,結果が数量的に連続量で表現される定量検査とがある。 定性検査はいいかげんでよいということではないが,定量検査では正確に測定することは当然であり,用いた測定法の精密度および感度により得られた数値の有効性,例えぱ小数点何桁まで有効か,あるいは臨床病態との関連で,どの数値までが有意義かなど十分理解しておく必要がある。 なお,形態学的検査,心電図,脳波などは,パターンとして得られる。 このパターンを離散量として書き替えて報告することもある。 パターン認識の数量化である。
検体検査はその検体・種類から,次のように分類される。
(1)一般検査:血液以外の体液や排泄物についての検査で,主に定性的検査が行われる。 定量的検査
は生化学検査として行われる場合が多い。
(2)生化学(臨床化学)検査:主として化学反応を用ゆて行う定量検査で,血清を検体とすることが多
い。
(3)血液(血液学,臨床血液)検査:血球に関する検査と血液凝固・線溶に関する検査(あるいは止血
検査)を含む。
(4)免疫・血清検査:免疫学および血清学的反応を用いる定性的,あるいは定量的検査。
(5)微生物(細菌,細菌学)検査:病原微生物の検出や同定,およぴ病原微生物に対する抗生物質の感
受性試験が行われる。
(6)病理(病理組織)検査:生検あるいは外科手術で得られた生体材料の組織切片などを病理形態学的
に検索する検査。
5.生体検査
臨床生理検査ともいわれ,患者に直接測定器の一部を接着して行う検査で,1つは生体が発する電気的あるいは物理的情報を体外へ誘導し記録するものである。 生体電気を誘導するものに心電図,脳波,筋電図,眼振計,レチノグラフなどがある。 物理的情報としては,心音,脈波,血圧,呼吸数,体温などがある。 他は超音波や聴力検査のように,生体の外からある形のエネルギーを加え,これが生体内でどのように変換されるかを記録し,これから生体の形態や動態,あるいは異常を知る方法がある。
6.機能検査
主要な臓器の働きを知るために行う検査で,いくつかの検査を組み合わせることが多い。 生体にある刺激を与えて,その結果生じた現象から,生体の機能,例えば予備能などを推測する検査である。 これを負荷試験という。 通常薬物などを負荷して生体の反応を経時的に観察するが,その刺激が臓器特異性が高いほど,その臓器の機能検査としての価値が高くなる。 生理検査でもマスター2段階試験による負荷心電図,光刺激賦活法による脳波,末梢神経刺激による誘発筋電図などは負荷試験である。
7.臨床検査データの読み方
検体検査の場合,検査データは検体採取時の患者の状態を正確に表現するものでなければならない。 したがって検体採取から検査終了までの取り扱いが,測定結果に影響を及ぼすことのないようにしなけれぱならない。
(1)患者の食事や薬剤服用
(2)検体採取から検査までの検体保存や輸送方法
(3)測定そのものの誤り
などが検査結果に影響を与えることが知られている。 このほか検体の取り違いや転記の誤りなどがある。
測定にあたって技術的変動は,
(1)正確度:目的とする物質を,他の共存物質に影響されないでどこまで真の値に近く測定しうるか,
を示す尺度
(2)精密度:同一試料について同時に反復して測定したときの変動の度合(同時再現性ともいわれる)
で示されるが,これは測定法に特有な固有誤差と,技術者の熟練の程度に起因する測定技術に由来する技術誤差と,無意識のうちに誤りを犯す技術的失敗により起こる。正確度・精密度が優良で技術的誤差がないのが理想であるが,現実には技術的誤差を避けることができないので,対応が必要となる。 そのために精度管理が行われている。
8.正常値とは
ある患者から得られた臨床検査値について判断を下して,次の診療行為に移るときに,医師はその検査値を判断するもとになる基準を必要とする。 多くの場合は,その患者の健康なときを頭に浮かべてそれと比較するが,この比較を行うために「物差し」が必要となる。
一般にこの物差しを正常値normal
valueといっている。 この正常値はどのようにして作られるのだろうか。またどのように判断し,解釈したらよいのだろうか。
正常値とは健康人のみにみられる値であって,正常値の範囲内にあれば,絶対病気ではないといってよいのだろうか。
数値で表わすとき,ある数値を境に正常値,異常値と一般に表現しているが,その数字が1つどちらかに動いたからといって正常が異常に,あるいは異常が正常になったといえるだろうか。 往々にして,このような短絡した判定が下されて健康人が病人になってしまったり,病気がなおっていないのに健康と誤って判断されてしまう。 大事なことは,いわゆる正常値というものは絶対的なものではないということである。
9.正常値の決め方
まず正常値を決める場合,多数の健康人の集団から採取した多数の検査材料について測定するのが通例である。 しかしここでいう健康人とはどういう状態の人を指すのだろうか。 医師が客観的にみて病気ではないと判断できる人であるが,どこまで詳しく検査したらその判断が下せるかによって,健康人の範囲は異なってくる。 一般には既往歴,内科的診療,簡単な臨床検査で異常値を示さない人々を選んで健康人(正常人)集団としている。
このような健康人集団について測定した値は,赤血球数,ヘモグロビン量,血清総蛋白量,血液ブドウ糖,その他多くの血液生化学成分では正規分布を示し,血清尿素窒素,血清コレステロール,トランスアミナーゼ,アルカリホスファターゼなどは対数正規分布を示す。 その理由は不明である。
そこで健康人集団から得られた値を統計学的に処理し,平均値(m)と標準偏差(SD,δ)から次の範囲を習慣的に正常値と呼んでいる。
正常値=平均値±2SD
すなわち正常値ではある健康人集団の95.4%を含む範囲を意味する。 したがって健康人と思われた人の値の4.6%はこの正常値の範囲から外れることになる。 逆に異常な人でも正常範囲に重なっているものもあるわけである。 したがってある測定値が,臨床的にはこのようにして設定された正常範囲から外れたからといって,すべて異常と判断するのは正しくない。
10.正常値の変動
この正常値は前にも述べたが,次のいくつかの要因によって変動する。 多くの場合,測定側の技術的変動は最小と考えた上で,個人間あるいは個人内の変動要因を考えていくわけである。 したがってまず正確な,精度の高い測定値が出されるように,技術面の努力が必要なことはいうまでもない。
個人間,個人内変動は生理的変動ともいわれる。 個人間変動として,性差(男女差)のあるものにヘモグロビン量,赤血球数,ヘマトクリットなどがあり,明らかに女性は男性より10%ほど低値を示す。 またある種のホルモンでは男女の差がかなり大きい。 また小児と成人,正常婦人と妊婦でも差があり,それぞれの項目で注意が必要である。
11.個人の正常値
生理的変動を起こす要因を除いても,なお個人差がある。 個人の生理的変動の大きさは,集団の正常値の幅との関係で次のように大別される。
(1)個人差が大きいが,各個人の正常範囲の幅は,集団の正常値に比べれぱはるかに小さいもの:例えぱ
アルカリホスファターゼ,GOT,GPT,アミラーゼ,コリンエステラーゼ,コレステロールなど
(2)個人差は小さく,個人の変動の幅が集団の正常範囲と近接しているもの:例えばナトリウム,カリウ
ム,クロール,無機リン,総蛋白量,尿素,尿酸など
(3)これらの中問を示すもの
いまこの個人の正常値については(1)のグループの1つであるアルカリホスファターゼを例にとってみよう。アルカリホスファターゼの正常範囲を約3〜10単位とする。 ところがある個人は年間4〜5単位の間にあった。この個人があるとき8単位まで上昇したとする。 集団の正常範囲では8単位はなお正常範囲内にある。 しかしその個人にとっては明らかに異常値と判断される。 したがってその患者のより正しい病態を把握するためには,ただ1回の検査結果を,ある健康人集団から得られたいわゆる正常範囲と比較することには,かなり慎重でなけれぱならない。
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