新たなる野望者 第8章

「集いし仲間たち」


△第7章「戦いに魅せられる者」
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「結局、今日も帰ってこないのかしら。」
「いったいどうしたんだ。あの2人は。」
クレオとパーンは互いに苛立ちを抑えていた。
2人はトラン湖の湖上にあるトラン城の最上階で監視に当たっていた。
急遽、設置された大統領捜索隊は徹夜で捜索を行っている。
捜索は、敵の魔法を調べる者以外はほぼ総出て行っていた。
しかし、いまだに見つかった知らせは入っていない。
「しかし、奴の目的はいったい何なんだ!?」
パーンはこのところずっといらついていた。
戦わずして撤退したのが余程悔しかったからであろう。
「侵略にしては、ちょっとおかしいね。
 侵略とすれば、強大な力を持っている以上、さらに侵攻してもおかしくはないはずだ
 から・・・」
クレオも口調では平静を装っていたが、内心はそうでもなかった。
この先の見えない戦いはいつまで続くのだろうか・・・と。
2人が見る湖は既に夕焼けで赤く染まっていた。

「ねぇ、ヒックス。ここの事じゃないの?」
「確かに、魔導士の館と書いてあるね。」
2人は、ネイザスの町にいた。
ヘリーユの言いつけどおりにビルに会いに来たのであった。
「何のためなんだろう?早く済ませちゃおうよ。」
テンガアールは焦っていた。
自分の祖国で何かが起こっているのを感じ取ったのだから無理もない。
事実かどうかいち早く確かめたいのだ。
本心で言えば寄る余裕などなかったのである。
「とりあえず、会ってみようよ。」
ヒックスの方は、比較的落ち着いていた。
テンガアールを信じていないわけではないが状況が判らない以上、緊張感を感じないの
も仕方がないのであろう。
「すみませーん。」
テンガアールは、入り口の戸を開けた。
家の中は、普通の魔導士たちと一緒のものであった。
なんだ、おんなじかぁ。
テンガアールはそう思いながら、中に入る。
その後ろをヒックスは付いていった。
「何かご用かな?」
奥から、1人の男が現れた。
30代で見た目は良い紳士風であった。
テンガアールは、老人が出てくると思っていたので彼の登場に少々驚いたが、
「あっ、ビルさんはここにいますか?」
「わたしがビルですが。お嬢さんはどのようなご用件で?」
「え?えっと、その・・・」
「どうしたんだい?テンガアール」
ヒックスが、いつもと違うテンガアールを気にする。
「え?何でもないよ、ヒックス。ちょっとね。」
お嬢さんと呼ばれたことがないのでびっくりしたとはとてもじゃないけど言えなかった
のである。
テンガアールは気を取り直して
「ヘリーユさんに、ここに行けと言われたの。」
「ほう。では、その証を見せて頂きたいのですが?」
「証ですね。はい、どうぞ」
というとテンガアールは、自分のカバンから1枚の札を取り出した。
「うむ、確かに。では、ここで少々お待ち下さい。」
とビルは言うと、再び奥に入った。
「ねぇ、テンガアール。」
「どうしたの?」
「よくその札が、証と判ったね?」
「あのねぇ・・・、普通は気が付くよ。」
「そうかなぁ。ヘリーユは札といっていたから・・・」
そのままヒックスは考え込んでしまった。
テンガアールはしばらくの間、祖国の状況を詳しく感じ取ろうとしたがどうしても何か
悪いことがありそうという程度しか判らなかった。
「お待たせしました、こちらへどうぞ。」
ビルが戻ってきて、2人を案内する。
奥のある部屋に3人は、入った。
中は、特になにもなかったが、床には魔法陣が描かれていた。
「さて、これからお二人を祖国へお返しします。」
「えっ!」
2人は予想外のビルの言葉に驚いた。
どんな用かと思っていたら、なんと共和国にテレポテーションをしてくれるとは思わな
かったのである。
「わたしは、テレポテーションの強化魔法を使えます。」
ビルが、説明にはいる。
「その強化魔法とは?」
ヒックスが問う。
「通常は唱える本人が今まで行った所にしか自分もしくは他人をテレポテーションさせ
 られないのだが、ある程度の能力か強化版の封印球があれば自分は行っていなくても
 テレポテーションをする誰かが行った事がある場所であれば可能になるのです。」
「とすると、私たちが行ったことがある場所なら可能なんですね。」
「そういうことです。では、お急ぎのようですし早速始めましょう。
 そちらのお嬢さんの方が魔力が高いようですからちょっとお願いします。」
「どうすれば良いの?」
「祖国の景色を頭に描いてわたしに送ろうとしてみて下さい。
 してみるだけで実際に送る必要はありません。」
「うん。」
テンガアールは、グレックミンスターを思い浮かべた。
ビルはそのままの姿勢で気を集中させてた。
「はい、もう良いですよ。わかりました。なかなか綺麗な町と城ですね。」
「うん。グレックミンスターという、私たちの国の首都なの」
「そうでしたか、いつかお邪魔させて頂くかもしれません。
 では、お二人とも魔法陣の真ん中に立って下さい。」
2人は黙ったまま、魔法陣の真ん中に立つ
「ところで、これって魔法陣がないとダメなんですか?」
ヒックスが再度問う。
「いいえ、なくてもできます。
 ただ魔法陣に頼った方が楽に確実なテレポテーションができますから。」
そう聞いて、2人はビッキーを思い出した。
「では、始めますよ・・・・・・・」
ビルは、呪文を唱えだした。それが終了すると視界は真っ白になった。

「グレミオ、こんど行く町からはどこに行けるんだい?」
「そうですね・・・。」
2人は、人気のない森の中の街道を早歩きで進んでいた。
既に出発して3日がたっている。
「坊ちゃん、今度行くエルパの町からはウェッシュとミルカスに行けますね。
 どちらに行くかはエルパに着いてからですね。」
モリスとグレミオは魔法旅客会社を利用して、テレポテーションをしてきた。
しかし、ビルのように相手が知っている場所へ運んでくれるものはなく、すべて行き先
が決まっていた。
しかも料金は決して安いとは言えない。
モリスの賞金を使って何とか行ける程度である。
また、乗り継ぎ(と言うのだろうか)は、情報をきちんと得ない限り難しい。
いまはその情報を元に徒歩で町を移動していたのだ。
「しかし、坊ちゃん。この魔法旅行というのは不便ですね。しかも高いですし。」
「そうだね。でも、急ぐためにはこれしかないからね。仕方がないよ。」
「そうですね。とにかく急ぎましょう。」
2人は、さらに歩くスピードを上げた。
競歩までとは行かないが、なかなか付いていくのは大変な速度になっていた。
しかし・・・
「なにっ!」
突然2人の行く方向のやや遠くが白い光に包まれだした。
「なんだ!でも、どこかで見たような気がする感じがする・・・」
モリスは、そう考えながら白い光がゆっくりと消えて行くのを眺めていた。
「坊ちゃん、気を付けて下さい。」
グレミオは、モリスをかばうように前に立った。
やがて、白い光は消えていった。
「えっ?」
モリスは、光が消えた所に2人の人間が倒れているのを見た。
「グレミオ、助けよう。」
2人は、駆け足でその場に向かった。

「ん?ここはどこだ?」
回りに見えるのは真っ白な世界であった。
「いったい、わたしはどうしたんだ?そうだ!わたしは・・・
 フェ、フェリウスはどこだ!」
男は周りを見回すが、他には誰もいない。
「は、はやく共和国に戻らなければ・・・」
男は立ち上がり、歩き出す。
しかし、どう進んでも白い世界が続くだけである。
いったい何時間歩いただろうか。
しかし、いっこうに景色は変わらない。
そして男はふと、なにかに気づいたように立ち止まる。
「もしかして、これが時空裂によってに引き込まれる場所なのか!?
 だとすると、もう、戻れないのか!」
叫び声はむなしく、白い世界に溶けるだけである。
男は、疲労と空腹でその場に座り込んだ。
「自分の人生がこんなところで終わるとは・・・
 共和国のみんなすまない。
 大事なときに大統領であるわたしがこんな所から抜け出せないなんて・・・
 アイリーン、すまない。シーナのことは頼んだぞ。」
「レパント、しっかりしろ!」
「誰だ、わたしの名を呼ぶのは。」
「レパントさん、しっかりして下さい。」
「どこかで聞いたような声だが。」
「どうしたレパント!しっかりしてくれ。」
「はっ!これはモリス殿の声・・・とうとう幻聴まで聞こえだしたか・・・なにっ!」
レパントは、自分の前方にひときわ輝く光を見つけた。
「むこうから、声が聞こえるぞ。」
たしかに、声はその方向から聞こえていた。
レパントは、その方向へ一気に走っていった。
やがて強烈な光はレパントを包みだした・・・
「はっ、ここは」
気が付くと、視界には2人の見覚えがある顔が入っていた。
「大丈夫かい?レパント」
モリスは、心配そうな表情で言う。
「よかった。気が付きましたね。」
グレミオは、レパントが気が付いたことで安心した表情になっていた。
「モリス殿、グレミオ殿? わたしはいったい・・・」
「びっくりしたよ、急に目の前に光が現れてそして消えたと思ったらレパントが倒れて
 いたから。それに今もうなされていたようだし。」
「ほう、なんという偶然でしょうか。」
「うん、確かにそうだね。ところでいったいどうしたんだい?」
モリスはにっこり笑いながら話す。
「そういえば確か、わたしは・・・。
 はっ、ビッキー殿はどうなされた?!」
レパントは、思い出したように叫んだ。
「ビッキーなら、こちらでまだ眠っていますよ。」
グレミオが、ビッキーを見守りながら言った。
「それは良かった。そうだ!いつまでもこうして、寝ている訳には!
 モリス殿、早く一緒に共和国にお戻り下さい。大変なことが起きています。」
レパントは、急ごうとして、思いっきり体を起こすが、
「うっ!」
「ダメだよ、無理しちゃ。相当ひどい怪我をしているよ。」
モリスはレパントを止め、再び寝かせる。
「先生から聞きましたが、どうやら魔法の怪我のようですが。だけど初めて見るとも言
 ってましたよ。」
グレミオは、眠っているビッキーを見守りながら言う。
「ん、ん〜。
 あれ、グレミオさん。いつ、帰ってきたの?」
ビッキーは寝ぼけた表情で、グレミオを見ている。
「ごめんなさい、起こしてしまったようですね。」
グレミオは微笑みながら言う。
「よかった、ビッキーも無事で」
モリスも安心した表情で言った。
「あれれ?モリス様もどうしたんですか?」
ビッキーはいまいち状況がつかめないようだった。
「気にしないで、もう少し休んだ方が良いですよ。」
グレミオが優しく声をかける。
「うん、レパントも休んだ方が良いよ。
 話はあとで共和国に戻ってからゆっくり聞かせてくれれば良いよ。」
「うん。」
ビッキーは素直にそう言うとまた眠りに落ちた。
「モリス殿、申し訳ない。」
「気にするなよ、レパント。い
 ままで大変だっただろうから今は傷を癒すことだけ考えた方が良いよ。」
「グレミオ、ちょっと良いかい?」
「なんでしょう、坊ちゃん?」
2人は、一旦病室を出る。
「あとでもう一回、回復魔法を使ってくれないか?」
「そうですね、さっきは2人とも完全に気を失っていましたから癒しの風では回復でき
 ませんでしたからね。
 今度は寝ているだけですから大丈夫ですよ。」
「いまは、ゆっくり休ませてあげないとね。」
「はい。」

「まだ、見つからないのか?」
カシムは、相当気分が重い。
現在は彼が大統領代理という形となっている。
レパントも心配だったのだが、大統領というのも結構細かい仕事が多く、だいぶ辛い思
いをしていたのである。
「ええ、相当探しているのですが。」
カスミは無念という表情であった。
「ロッカク忍者の力を持ってしても見つからないとは・・・」
「わたしは再び探しに行きます」
「わかった、よろしく頼む」
「では。」
そう言うとカスミは、スッとカシムの視界から消えた。
それと同時に今度は書記官のテスラが入ってきた。
「カシム大統領代理、今度は予算の承認をお願いします。」
そう言ながら、カシムの前の机に書類を置いていく。
「うむ・・・」
カシムは仕方なく、机の上に山と積まれた書類の一つを引っぱり出して目を通しだす。
「カシム様」
「今度はなんだ?テスラ。ん、カスミじゃないか。
 探しに行ったのではないか?」
「レパント大統領とビッキーさんが戻られました。」
「おお、そうか。しかし、それだけににしては、やけに嬉しそうだな。」
「え?そう見えますか!?」
カスミは図星を突かれたのか恥ずかしそうに言う。
続けて、
「実はモリス様も一緒なんです」
「なにっ?なるほど・・・。
 わかった、すぐに行こう。」
カシムはにやりと笑うと、立ち上がった。
モリス達は、トラン城に着くと同時にたくさんの解放軍のメンバーに囲まれていた。
「早速だけど、話を聞きたいんだけど。」
モリスは、歓迎に少々戸惑いながらレパントに言う。
「承知しました。モリス殿」
レパントは、モリスに伝えると
「みんな聞いてくれ!騒ぎたい気持ちは分かるが、いまはそういう状況ではない。
 いまは我慢してくれないか。」
と、みんなの騒ぎをを鎮める。
面々は現状を思い出すと騒ぎをやめ、すぐにそれぞれの仕事へと戻っていった。
「では、モリス殿」
「うん。」

一行は、4階の会議室へと向かった。
ここは久々である。
モリスは解放軍の時を思い出す。
マッシュの助言もここで受けていた。
最後の戦いの前夜の決起集会もここで行われた。
その部屋には、既に先客が居た。
「あれ?ヒックスとテンガアール。いつ旅から帰ってきたんだい?」
確か旅に出ているはずの2人がここにいるので、モリスは驚いていた。
驚くのも無理もない、旅が終わるにはまだちょっと早過ぎるであろう。
「どうも、お久しぶりです。」
「あっ、お久しぶりですモリス様」
2人は入ってくるモリスを見つけて立ち上がる。
しかし向こうもモリスの登場に驚いていた。
さらに、驚いたのは当然彼ら達だけではなかった。
「どうしたんだ2人共?」
あとから入ってきたレパントも、同じように驚いた。
「本当に、急にどうして戻ったんですか?
 確か修行の旅ではなかったんですか?」
グレミオは、席につくと2人に聞いた。
他のメンバーも席に着いていく。
「ボクが、帰ろうと言ったんです。」
テンガアールが、ヘリーユとの事を説明する。
「なるほど、そういうことだったんだね。」
そう言いながらも、
ヘリーユさんか。
モリスはそのヘリーユという老人が気になっていた。
「モリス様こそ、いったいどうされたんです?」
今度はヒックスが、モリスに問う。
その時に、何人かが入ってきた。
カシム、レオン、ヘリオン、バレリアであった。
「どうした、大統領。
 あんたが居ないから、こっちはつまんない仕事までする羽目になったんだぞ。
 でも、帰ってきてくれて良かったぞ。」
カシムは、レパントを見るなりこう言った。
「すまん。」
レパントは一言こう言った。
「モリスもよく戻ってきてくれたな。
 ところで一緒にとはどうしてだ?」
モリスは、手紙のこと、レパントが急に自分たちの前にテレポートしてきたこと、
しばらく静養してから、ビッキーの魔法で戻ってきたことを説明した。
「いつの間にそんな手紙を出していたんだ。
 さすがだなオニールは。」
カシムも、さすがにこれはすぐに納得したようだ。
「では、今度はこちらの状況を説明しましょう。」
今度は、レパントがフェリウスとの戦いを説明する。
長い説明が終わると、モリス達4人の表情は硬くなる。
「ボクが感じた悪いことはこれだったのね・・・」
と、テンガアール。
「レパント達は、その魔法を避けるためのビッキーの魔法で僕の前に飛んできたのか。
 しかし、その時空裂という魔法をどうにかしない限り勝ち目はないんだね。」
モリスは、考え込むが全くこの魔法は知らなかった。
「こういうものを手に入れたんだけど、役に立つかい?」
バレリアが、1個の小さな水晶を出す。
「これはいったい?」
モリスは、それを手に取り取り覗くように見る。
「ちょっとやってみましょう。
 誰かわたしに向かって攻撃魔法をかけてくれないか?」
バレリアはモリスから水晶を受け取り立ち上がる。
「じゃあ、ボクが。・・・・炎の矢!」
テンガアールはそう言うと、小さい炎の矢をバレリアに向かって放つ。
バレリアに近づいた矢は、いとも簡単に水晶に吸い込まれていく。
皆の表情は驚きに包まれていった。
「いったい、どういうことだい?バレリア」
モリスは、始めてみる光景に戸惑いながら聞く
「この水晶は、わたしの古い友が持っていたものです。
 彼女は不本意ながらフェリウスの部下だったとき、もらったようです。
 この水晶はどうやら紋章の力を吸い取るようです。」
「なるほど、紋章の力を吸い取るか・・・」
モリスは、このソウルイーターの力でさえも吸い取るのか気になったが、ここでは言わ
なかった。
テンガアールも少々動揺していた。
もし、ここで炎ではなく風を使っていたら水晶は吸い取れなかっただろう。
あくまで水晶は魔法ではなく紋章の力を吸い取るものであるから・・・
「聞くところによると、時空裂はフェリウス自作の紋章を使っているそうだがら、効果
 があるのではないか?」
バレリアは、本題に入った。
それに対してカシムは、
「しかし、過信は禁物ではないか?
 君は見ていないだろうが、時空裂の力はとてつもなく大きい。
 果たしてその小さい水晶で吸い取れるのか?」
ヘリオンも
「その水晶は確かに、紋章を吸い取る力があるようだが、あの巨大な力に耐えられるか
 は判らないね。」
「そうか、やはりこの程度のものじゃダメか。
 たしかに自分の得意とする技を防げるものを部下に渡す、愚かな奴も居ないでしょう
 し・・・」
バレリアは残念そうに言う。
今度はヘリオンが言う。
「わたしも、色々と時空裂に関係しそうなものをあらゆる本で探しましたが全く手がか
 りがなかった。
 どうやら、だいぶ過去に封印された魔法や紋章のひとつからなんだろうかと思う。
 あとは伝説と言われている教本を見つけるしか手はないのかもしれん」
対してバレリアは
「その教本というのは?」
「うむ、戦闘教本と言うらしい。
 ここからだいぶ離れた地ではある程度知られているようだが、こちらでは耳にするこ
 ともないだろう。
 本を見ていくうちに偶然存在を知ったのだ。」
「戦闘教本!」
モリスとグレミオは同時に声を上げる。
「モリス殿、何かご存じなんですか?」
隣にいたレパントは、急に声を上げられて驚きの表情で聞く。
「知ってるもなにもねぇ、坊ちゃん」
「うん。それ持っているけど。」
「なんですと!」
ヘリオンはあまりの偶然に少々興奮気味である。
詳しい魔法を知りたいという好奇心からかもしれない。
解放軍に入ったときは、ちょっと手伝ってやるか程度であったのだがここでみんなの姿
を見ていくうちに、魔法力を伸ばしたい意欲が出てきたのである。
「本当だよ」
モリスは、自分の鞄から古びた本を取り出す。
「こ、これが戦闘教本」
ヘリオンは、老人とは思えない素早さで本を手に取り、ページをめくりだす。
しかし、なかなか目的のページが見つからないようだ。
しばらく沈黙が続く・・・
その沈黙を破ったのは、意外な人間であった。
「その本を調べても無駄じゃよ」
「だ、誰だ!」
聞き覚えのない声にカシムは身構える。
皆が振り向くと、入り口に1人の老婆が立っていた。
「ヘリーユさん!」
テンガアールが声を上げる。
「なに!そうか・・・ 知り合いとは知らずに失礼した。」
そう言って、カシムは武器をしまう。
「良いんじゃよ、いきなり出てきたのも悪いしな。」
今度はモリスが
「あなたが、ヘリーユさんですが。話は聞いてます。
 早速ですがなぜそのようなことを言ったんです?」
ヘリーユは、グレミオに案内されモリスの隣に座るとこう言った。
「状況は、ある程度見させてもらったよ。」
どうやって見たんだろう・・・
モリスは、この見せてもらったの意味が半分掴めなかった。
続けて、
「その時空裂という魔法はその昔、陰陽裂というすべてのものを切り裂くという究極魔
 法のひとつからアレンジしたものじゃな。
 この陰陽裂は物質的にあるものでもないものでも関係なく切ることができる。
 人の心でもな・・・
 時空裂はすべてとは行かないが、通常では切りようがない時空を切ることができる。
 その点から考えて、陰陽裂を手本にしたのは間違いではないじゃろう。
 それが教本にない理由を教えてやろう。
 わたしの時代は、各魔法に級を点けていた。いまは誰も言わないがな。
 現在伝わっている魔法や紋章は第3級以下のものがほとんどじゃ。
 戦闘教本には2級以上のものが載っている。
 おまえさんの持っているその紋章は2級のものじゃな。」
ヘリーユはモリスの右手を見ながら言う。
室内は騒然とする。
強大な力を見せていた、真の紋章であるソウルイーターが2級と言われたのである。
ヘリーユは続ける。
「2級というと格下に見えるがそうではない。
 1級以上というのは私たちが無理に作ったもの。すなわち禁断の紋章だからじゃ。
 強大な力を得ると同時に多くの物を失う結果となった。
 そして、私らはすべて封印した。だからその本には載せていない。」
「とするとこの本はあなたが書いたものですね?」
モリスは確認をする。
「魔法に関する部分だけな。」
その時、ヘリオンの教本を持つ手はふるえていた。そして、
「もしかしてあなたは、かつてエスティアという国で魔法開発の中心におられた
 リーフィット様では?」
と言った。
「え?リーフィット様?」
ビッキーも驚きの声を上げる。それを見た隣のテンガアールは
「ねぇ、そのリーフィットって有名なの?」
と小声でビッキーに聞く。
「魔法を学んだ者なら一度は聞いたことがあるかもしれません。
 それなりに有名なんですよ。
 ただ、この辺ではまず聞かないかもしれません。」
ビッキーは同じく小声で返す。
ヘリーユは、表情を変えずに続ける。
「そういえば、そういう名で呼ばれたときもあったかの。
 しかし、わたしはヘリーユじゃ。
 なんとしてでも時空裂は破らなくてはいけない。
 二度と同じような悲劇を起こさせてはいけない。わたしのようにな・・・」
「その悲劇が封印のきっかけなんですね。」
モリスが問う。
「ちょっと違うがの・・・
 まぁ、あんた達には聞く理由があるな。
 ちょっと長くなるが話してやろう。」
ヘリーユは、大きく深呼吸をしてから話し始めた。

エスティナという国は、とにかく魔法を発展させるためには手段を選ばなかった。
地方から優秀な魔法力者を集めて研究を繰り返していたのじゃ。
わたしはそこでいくつかの究極魔法の作成に成功し、いつしか魔法研究指揮官という地
位になった。
しかし自分は国のためではなくただ単に新たな魔法を完成させたいということに情熱を
燃やしていた。
ちなみに戦闘教本はこの頃に近辺諸国の戦闘に関係するものに、特に秀でている者に書
いてもらった物をまとめたというものなのじゃ。
まぁ、ところが強大な力を国の責任者に持たせるとろくでもないことが起きるのは、世
の中の常識のようじゃな。
案の定エスティナは他国の侵略に入った。
しかし、私ら研究側は全く知らされず研究に専念させられていた。
そういう情報を絶たれていたこともあるし、私らも研究に夢中で他は考える気がなかっ
たのう。
しかし、ある日。

「リーフィット様!」
「騒々しいですよ!いまがどういう状況か判ってます?」
「すいません。陰陽裂の研究の最終段階であるのは判っています。
 しかし緊急事態です!」
「しょうがないわね。で、どうしたの?」
「何者かが研究所内に進入し研究員に攻撃を!」
「なんですって!?」
「本当です。しかも我々の魔法が通じないのです!」
「わかったわ。ここはわたしが切り抜ける。相手は何人?」
「5人です。」
「了解!」

わたしは、いったいなぜこんな研究所に人が襲ってくるのかが疑問だった。
研究資料を盗みに来た可能性もあるが、この研究所では、教本に書く程度の研究しかし
ていないと公表しておった。
しかし、この襲撃はいったい何かと疑問を持つしかなかったの。
研究本室に入るなり見たその光景はあまりにも無惨じゃった。
研究員は既に何人かが武器によって倒されていた。
研究員は1級の魔法で対抗するがなぜか効かないのじゃ。
「なんてこと?1級の魔法が防がれるなんて・・・」
「どうやら、漏れているか、実際どこかで使われていたかですね。」
「とにかくここはわたしが。」
「お待ち下さい、リーフィット様。まだ究極魔法を使うのは危険です。」
「このままでは、みんなが死ぬのよ!このまま終わらせるわけにはいかない・・・」
既に、何人かの敵がわたしに気づいて武器を向けてきた。
「・・・陰陽裂!」
その瞬間、わたしが目標としていた物は跡形もなく消えていたのじゃ。
「成功かしら・・・」
自分でもこの時は信じられなかったがの。
自分では3つ目の究極魔法の誕生という事じゃ。
結局、国家は国内にある魔法に異を唱える集団による犯行と研究所には報告された。
本当は、敵国のスパイじゃったがな。
しかしこの事件の混乱に乗じて研究所を抜け出した者が出た。
彼らの行方は結局判らなかったがの。
わたしは、さらに研究を続けた。
陰陽裂の完全な完成と共に、国からは不老不死の魔法を研究せよと言われておった。
不老不死という魔法は、魔法界では長年禁断とされた領域じゃった。
しかしそれに対して、一種のあこがれ的なものでもあった。
わたしはこの研究に着手することにした。これが大きな間違いじゃった。
わたしは、真の紋章にある不老の力を研究し小動物による実験などでようやく不老不死
の魔法を完成させたのじゃ。
「とうとうできたわ。しかし、あとは人に効くかどうかね。
 ここは自分が受けるしかないかな。」
わたしも不老不死にあこがれていた。
自分の好きな研究が好きなだけできるんじゃからな。
しかし、天はそんな甘い考えを持つわたしを許さなかった・・・。
「・・・永遠なる光!」
優しい光が、わたしを包んだように見えた。
しかし・・・
「ん?、ううわわぁぁぁぁぁぁ!」
わたしの体には激痛が走った。
それは、ただの過程かとも思ったがそうではなかった。
結局は、人間などの複雑な身体への変化は、副作用が必ず伴うことを証明したのであっ
た。
結局わたしは不老不死は手に入れたものの体は完全に老いてしまったのじゃ。
わたしは途方に暮れ、あてもなく施設を歩き回っていた。
ここでわたしは第二の悲劇を見る羽目となったのじゃ。
「なに?なんであのドアは開いているのかしら?」
わたしはドアを開けて外を見てみた。それは久しぶりの外の景色じゃった。
しかし見たものは・・・
「へ、兵隊!しかも、完全に目が死んでいる人ばかり・・・ 
 あっ!これは、操りの糸・・・」
自分の研究成果がこんな形で出ているとはのう。
国からは自国を守るためと聞いていたからこのショックは大きかった。
今更ながら、ただ研究に没頭していた自分を愚かな存在と嘆くしかなかったのじゃ。
わたしの失敗により、研究員はすべて意志喪失をしていた。
わたしは、自分の愚かさを少しでも目の当たりにしようと、許可を得ずに外へ出たのじ
ゃ。
そこでは、意志を持たない人間が機械のように働いていた。
そのそばではその子供が賢明に返事をしている姿があったのじゃ・・・
わたしは耐えきれずに1人の術を解いてしまったのじゃ。
それがまた失敗だった。
たくさんの家族が助けてくれとわたしに集まってきた。
全員助けられる力もなく
非難を浴びながら、逃げるように研究所に戻ったのじゃ。
やがて、研究所が機能しなくなったエスティナは、やがて衰退し敗北となったのじゃ。
わたしは、戦犯として禁固200年の刑となった。
実際には100年たたずに釈放となったがの。
その間にいろいろな話を聞いて考えることができた。
エスティナの外れで村の半分が消し去られたという話も聞いた。
陰陽裂じゃろう。わたしに恨みを持つ集団もできたらしい。当然じゃろう。
結局、釈放後は国を離れしばらくの放浪後ヘリーユという名であの地に落ち着いたのじ
ゃ。

室内の空気は重かった。しばらくの沈黙が続く。
「し、しかし、リーフィット様は新たな回復魔法などを作られたはずでは・・・」
ビッキーは半分泣きそうな声で問う。
対して、
「おそらく、研究所に入る前の功績だけが伝わったようじゃの。
 何しろ研究所の資料や戦争の記録はすべて、封印されたからの。」
ヘリーユはいつものように表情を変えずに言う。
ヘリオン、ビッキーには少々衝撃的な話であった。
ヘリオンは黙ったままであった。
モリスもうつむいたまま衝撃的な話をかみしめていた。
ヘリーユは続けて
「モリスよ、時間がない。
 時空裂のようなものをこのまま放っておくわけにはいかないよ。
 さらに他の禁断魔法を作っているかもしれないからね。
 いつまでも感傷に浸っている場合ではないよ」
「え、は、はい!」
モリスは、その言葉によってショックから引き戻された。
他のメンバーも現状を思い出し気を引き締める。
「早速ですが、時空裂は陰陽裂を手本としたものとあなたは言いましたな?
 魔法を作る際は、たぶん万が一相手に使われた際に防ぐ方法を作るはずと思うがどう
 だろう?」
いままで黙っていたレオンがここで口を開けた。
対してヘリーユは
「確かにそうじゃ。
 だからと言って時空裂が同じ弱点を持つとは限らんがの。」
「それはごもっとも。
 わたしは時空裂のなどを少しでも解明するために密かにこの封印球で調べていた。」
「ほう、それは『聞き耳の紋章』。珍しいものを持っているな。」
「さすがだな。これは仲間の紋章師に買ってきてもらったものだ。」
「確かにそれである程度離れた会話を聞き取れるが、ここからじゃ無理じゃろ?」
「だから、襲撃前に城のそばに隠しアジトを作っておいた。」
ここで、何人からかはなるほどという表情が生まれた。
レオンなどが出かけていたのはこのためだったのだろう。
なにも知らなかったモリスとグレミオなどはその様子を不思議そうに見ていた。
レオンは続けて
「その中で、次の言葉が聞けた。『リーフィット』『陰陽』などという言葉を。」
「間違いないな?その言葉」
「確かに。」
「うむ、それでは回避方法を教えよう。」

「よし、みんな準備は良いか!」
モリスは、モラビア城の南方で軍に最後の確認の声を上げる。
「おう!」
翌日、集結した軍全員から威勢の良い返事が上がった。
「いいか、時空裂は見切ったが他にもまだ何かを研究しているようだ。
 くれぐれも注意してくれ!」
レオンが注意を促す。
そしてモリスが、
「よし、進撃開始!」
軍は、一斉にモラビア城に進んでいった。
すると、
「どういうことでしょうか?
 まさかわたしを倒そうなんて考えてないでしょうね?」
城からあの男の声が聞こえてきた。
「フェリウス!」
レパントが声を上げた。
あの声がフェリウス・・・・
モリスは、初めての声に緊張を感じた。あの声の主が・・・ 
「みんな!気にせず進むぞ!」
モリスの一声で、軍はさらに進む。
「愚かな人たちですね・・・」
フェリウスは、城の最上階の窓から見下ろしていた。退
かない軍に少々驚きながらも、にやりと笑う。そして、呪文を唱える。
「・・・時空裂!」
モリス達を巨大な渦が包み込もうとしていた。
それをフェリウスは、満足そうに見ていた。
「わたしに逆らうと、死あるのみ・・・ふふふふふふ。 な、なにっ!」
巨大な渦は、モリス達を包み込もうとした瞬間に空気に溶けるように消えていった。
「そんなはずはない・・・
 そうか、私としたことが。珍しく詠唱に失敗したようですね。」
フェリウスの自信は全く変わっていなかった。
モリス達の軍はそんなことにはお構いもなく、城に近づいていく。
「・・・時空裂」
「今度は大丈夫ですね。なにぃ!」
今度も、渦は溶けていった・・・
「な、なぜ破られる!この魔法は禁断の究極魔法のはずなのに!」
フェリウスは予想もしなかった事実に平常心をなくしかけていた。
プライドの高さが災いしているのだろう。
「サルファ!そこに居るな?」
「居るわよ」
サルファは、落ち着いた表情でゆっくりと姿を現す。
「全軍出撃です!」
「わかったわ、私たちも行きましょう・・・」

邪悪な心を持つ2人の人間が戦いへと赴く。
究極魔法を巡る最後の戦いの幕は切って落とされた。

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