迷走録 2001年10月

 

平成13年10月28日

今日K國屋S南店で「新版」と名売った音声学の本を買ったのですが、読んでみて絶望的な気分になりました。新旧のいろいろな文献からの寄せ集めで、統一された記述がされていないだけでなく、情報が古すぎます。

イギリス英語の母音の相対的関係を示す表(この表の正式名称は知りません。)は、恐らく50年くらい前のRPだと思われます。Daniel Jones の著作から引用した図だと思われますが、引用に際して誤植があります。(もしくは誤解?)1946年出版の図と、誤植と思われる2箇所を除いてぴったりと一致しました。

RPに最近起きつつある変化は別にして、2000年出版の Longman Pronunciation Dictionary のRPの発音は、私の手持ちの資料ですら1967年出版のものまでさかのぼれます。手元には、1946年と1967年の間を埋める資料がないので、今のRPの発音がどこまでさかのぼることができるかが、わかりませんが、今回購入したテキストが古すぎるのはあきらかです。

ざっと見ただけで、誤植または誤解と思われる箇所が散見されます。著者の経歴が書いてないのでわかりませんが、学者としたら杜撰または恥知らずあるいは無能の烙印を押されてもしかたないと思われます。まじめに学ぼうとする人を出口のない迷路に迷い込ませるような行為は絶対に許されません。

ところで、上に「この表の正式名称は知りません。」と書いた表ですが、それは、音声学テキストには必ずといっていいほどでてくる台形をひっくりかえしたような図です。しかし決まった呼び名がないようです。たぶん表自体は、Cardinal Vowel Diagram というのではないかと思います。その表に英語の音を示したものは、Tongue Position of English Vowels on Cardinal Vowel Diagram でよいと思います。少なくとも、なにについて言っているかはわかってもらえるはず。

最近発音の本を書いている人の中にも、個々の音すら聞き分けられない人が結構いるのではないかと思うようになってきました。かくいうわたくしも聞き取りのかなり怪しい音素がいくつかあるのですが、それでも、こういう問題外のものだけは、学術書っぽい形の出版はしないでほしいと思います。憲法に思想・信条や表現の自由は認められているので、好きにやってもらってもらっていいのですが、まわりを巻き込むのだけはやめてほしいものですな。

 

平成13年10月21日

この1週間は、仕事でもプライベートでも忙しくて、英語の方はほとんど進展はありませんでした。最近イギリス英語で会話したことがないので、ストレスがたまっています。トイレや風呂場でぶつぶつ独り言をイギリス英語でいってみたりして、ちょっとあぶない人に見えているかもしれません。

最近は、「こちらホゲホゲ法律事務所」(Is It Legal?のビデオをみるのが、ストレスから解き放たれる時間です。声をだして思い切り笑えるのって(少なくともそも時だけは)幸せですね。

それから、アルビノーニのアダージョを聞くのが、今ちょとしたマイ・ブームです。ほかのものもバロックが多いのですが、ついでに聞くこともあります。クラシックは今まで、特にいいとは思ったことなんてなかったのだけれど、最近妙にクラシックが心地よく響きます。これはもしかして、なんたらリスニングとやらの効果を逆にいって、英語がよく聞きやすくなったので、ヨーロッパ人の頭の中に響くクラシックに(音楽的センスとかでなく、よく拾う周波数の点で)近くなったのではないかなんて考えてしまいます。とにかく、頭の中に広がる音の世界には、感動です。

例えていうと、英語が、訳の分からない音の羅列から、単語をところどころ拾えるようになり、フレーズから簡単なセンテンスと聞こえてくるようになったときのような感動です。

感動の少ない日々を送っていますので、しばらくはアルビノーニのアダージョに癒される日が続きそうです。

 

平成13年10月14日

今日は、おたよりのコーナーとリンクのページを更新しました。追加したえみーるさんと no frills さんのサイトは、どちらもお勧めです。リンクのページから、どうぞ。

えみーるさんの「イギリス英語の部屋」(えみーるのサロン)は、イギリス英語について書かれたものですが、これほど読みやすくて、かつ正確な情報が得られるところは、ちょっと他にないのではと思われます。

えみーるさんとは、「イギリス英語」について、メールでかなりのやりとりをしました。ただ、あまり詳しいものを載せると却って煩雑になるということで、日の目を見なかった情報もあります。機会があればまとめたいとも思いますが、そのうち、えみーるさんがまとめてくれるのではという淡い期待もあります。

簡便な表現をモットーとしているので、例えばの発音について、「せやったら、"deferent" も "current" もは発音せーへんのか?」などと、意地悪な突っ込みをしてはなりませぬっ。(笑)

それから、no frills さんのサイトもお見逃しなく。こちらもお勧めです。現在、no frills さんとは共同製作のページの作成の話しがでています。近日中に公開できると思います。

最後に、教材の情報をひとつ。今日、小林章夫、ドミニク・チータム著『イギリス英語を愉しく学ぶ』(ベレ出版)を購入しました。裏表紙に「イギリス英語の世界が堪能できる30のダイアローグ」・「イギリス人のユーモアと会話のセンスがこの一冊に」とあります。しかも、CD付きです。

ただ、ひとつひとつの会話が、けっこう長いので、リピーティングの教材に使おうとするのなら、イギリス英語の教材情報紹介した、Paul Westlake 著『英会話 基本表現ハンドブック』(語研)等で先に練習を積んだ方が効果的に利用できると思います。

 

平成13年10月7日

先日「−心の豊かさを求めて− 大江光の世界と癒しの音楽」(講師:〔株〕DCS/感性研究所主任研修員 松田 哲男)の講演を聞く機会がありました。

ご存じの方も多いと思いますが、大江光さんは、ノーベル賞作家の大江健三郎さんのご長男です。パンフレットには「障害をもちながらも、力強く生きる人たちがたくさんいます。大江光は、言葉が不自由でしたが、音楽によって自分の内面世界を表現しました。彼の音楽は、言葉と同じように、わたしたちのの心に語りかけてきます。」とあります。

次に『AERA』(1994.12.1)から引用します。「三十一年前、光さんは、後頭部に大きなコブをもって生まれてきた。切除手術で命は取りとめたが、発達の遅れが目立ち、運動機能にも軽い障害が残った。
ところが、音だけには強い関心を示した。レコードがかかている間はおとなしいのに、止まるとすぐに泣き出す。クラシック曲や鳥の声のテープも、飽きることなく聴いた。」

この鳥の声のテープは、退院後、光さんが庭から聞こえてくる鳥の声に聞き入っていたので、健三郎さんがレコードを買ってテープに編集されたものだそうです。

大江家では、毎年家族で避暑に軽井沢に行かれるそうですが、ある年に健三郎さんと光さんが湖に散歩に行かれたときです。湖に近づくと野鳥の声が聞こえてきたそうです。その時健三郎さんは「クイナです。」という声を聞きました。まわりには他にだれもいません。「声は光に似ていた。」もしやという気持ちがわいてきて、普段は神を信じない健三郎さんも、神にもう一度クイナが鳴くようにと祈られたそうです。すると、ほどなく、またクイナが鳴きました。その時、健三郎さんは、光さんが「クイナです。」というのを確認しました。これが光さんがはじめてメッセージを伝えた瞬間だそうです。

その「クイナです。」という声は、レコードと全く同じトーンで、たんたんと語られたものですが、紛れもなくそれは、光さんから発せられたメッセージだったのです。それ以後光さんは、言葉に不自由はあるのですが、急速に語彙を増やされたそうです。

光さんは、NHK FMでクラシック音楽をよく聴かれたので、健三郎さんによると、普段も「NHK式」の丁寧な話し方だそうです。

このエピソードを聞いて、知ってはいたのですが、あらためて「言語の習得には繰り返しが必要で、なんども繰り返せば、発音からイントネーションまで、なにもかもすべて、そっくりそのまま覚え込んでしまうものなんだなあ」と感じました。

最後に英語の情報をひとつ。東京書籍の中2(だったと思う)の教科書に6ページにわたって英語で大江光さんについて書かれているそうです。残念なことに14年度からは、教材の精選で、削除されてしまうそうなので、興味のあるかたは今のうちに入手されるといいと思います。

 

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