平成17年5月1日
平成17年4月18日に書いた『ニュープロシード英和辞典』の基本単語5000を覚え始めました。といっても、まだ3日間で50語だけですが、・・・。辞書の左上にコラムがあって、そこに見開き2ぺ-ジにある基本単語5000に該当する単語が意味と使用頻度とともに載っています。覚え方は、コラムで拾った単語を本文でしっかり読みます。それで、ノートにコラムの単語と意味(日本語で基本的に1つだけしか載っていない)を書きます。それからOALD(オックスフォード現代英英辞典)とCALD(ケンブリッジ英英辞典)で該当の単語を読みます。気に入った例文を一つだけノートの裏に書きます(全部の意味について読むけど覚えるのはひとつだけ)。10語単位でおもてを見ながら例文を10思い出します。後で裏を見てチェック。例文は、気に入ったのが上の3冊にないとLDOCE(ロングマン現代英英辞典)・CCALD(コウビルド英英辞典)・MED(マクミラン英英辞典)でも探したりします。
私は、英和では『ニュープロシード英和辞典』と『研究社新英和中辞典』が好きです。『ニュープロシード英和辞典』は例文が良いからで、『研究社新英和中辞典』は、訳や意味の分け方が気に入っています。英英を渡り歩いて分からないところがあるときに、『研究社新英和中辞典』を見るとすっきりすることが多いです。かゆいところに手が届くという感じです。例えば、英英のacquaintの例文にacquaint sb with the facts of the case のパターンが2つの辞書にでていましたが、ケースは事例や事実なのか、それとも訴訟なのか、もやもやしていました。そこで『研究社新英和中辞典』のacquaintをみると the facts of the case の入った例文がでていて「事の真相」と訳が付いていました。こういうかゆいところに手が届くフレーズがところどころにあります。ただ、『研究社新英和中辞典』の例文は、ちょっと一般的すぎて、いかにもその単語らしいというものでないものも結構あります。それで、必要なときに訳を参考にしたり、気の向いたときに気の利いたフレーズ何ぞを日本語とセットで拾ったりします。
次回は、英英辞典について書いてみます。
先回予告した英英辞典です。一応手の届くところにおいてあるのは、OALD(オックスフォード現代英英辞典)・CALD(ケンブリッジ英英辞典)・MED(マクミラン英英辞典)・LDOCE(ロングマン現代英英辞典)・CCALD(コウビルド英英辞典)・OPSD(Oxford Pocket School Dictionary )です。
一番よく使うのは、OALDです。OALDは電子辞書にも入っています。次に、気が向いたり、余裕があったりすると、CALDも引きます。OPSDはネイティブの学生向けのものなので、語義が簡潔なので気に入っています。英検1級レベルの単語は、学習英英辞典の定義のほかに、OPSDも見たりします。
OALDは、定義が優れていると思います。私のまわりにいた教養あるネイティブの先生は、(日本の学校の)上級者には、OALDを勧めている人が多かったです。OALDが難しいと感じる人にはLDOCEを勧めていました。当時は、私にはOALDの定義は少し難し過ぎましたが、最初にOALDを引いて、分からなければLDOCE、さらに分からなければ、『研究社新英和中辞典』と辞書巡りをしていました。今でも、OALDの定義で分かりにくかったり、すっきりしなかったりすると、いろいろな辞書を引いくこともあります。意味が分かって、単語の持つイメージが頭に浮かぶようになってから、OALDに帰ってくると、やはりOALDの定義が優れていたなと思い直すことが多いです。
その当時は、CALDはありませんでしたが、私はCALDも良いと思います。特に例文が良いと思います。定義はOALDより少し落ちると思います。例えば、OALDでは3つに分けて定義と例文が上げられているような場合でも、CALDでは定義は1文で、例文も列挙されている場合があります。どの例文がどの定義に当てはまるか、分かりづらいことがあります。ケンブリッジのものは一般に各社の教材の中で一番音声が自然だと思います。大将や師匠も同じ意見でしたし、ケンブリッジのホームページにも声優を厳選したというようなことが書いてあったような気がします。CD-ROMの音声も、私はケンブリッジのもの(CALD)が気に入っています。
CCALDも、当時はありませんでしたが、私のまわりでは、コウビルドの評価はよくなかったと思います。コウビルドが最初にでたときの大将の感想は、「Good try, but ...」というようなものだったと思います。私の感想では、最近は少し改善されているとは思いますが、定義文が幼稚なのに、例文は難しい。難しい単語が使われているので、例文の意味が分からないことがあるという点で、他の辞書より劣ると思います。実際に使われている文章から一文だけ取り出してはいるが、コンテクトの中で文の意味が明瞭 になる場合も多いので、ただコーパスから文を見つけて辞書に載せればいいというものではないという意見でした。少なくとも、私の場合例文から、単語のイメージが湧きにくいことが多いので、CCALDはあまり引きません。
MEDは可も不可もないと言うところでしょうか?気に入らないところもないですが、ここが好きと言うところもありません。
OPSDは、学習英英辞典に定義だけしか載っていなくて例文がないときや、定義すら載っていないときに、引いて定義を暗記します。まあ結局、忘れてしまうのですが、学習英英辞典の定義よりは、覚えやすいですし、定着率も少しは良いように思います。
コウビルドのファンの人には悪いですが、ここがよくないという極めつけのところを書いておきます。例えば、ゲームで相手の持っている絵をあてるというものがあります。当然ヒントは、英語でだします。例えば、scissors(はさみ)をあてる場合、学校では、ヒントは、「It's a tool to cut (a piece of) paper.」くらいが、「Good!」とされる定義でした。定義は、OALDでみると、「a tool for cutting paper or fabric, that has two sharp blades with handles, joined together in the middle. 」です。CCALDでは、「Scissors are a small cutting tool with two sharp blades that are screwed together. You use scissors for cutting things such as paper and cloth.」です。CCALDでは、 cutting が2回も使われています。コウビルド派の人は、ゲームで普通、「You use it when you cut something such as paper etc.」くらいの表現をする人が多かったです。ゆっくり、「You ... use it, er wh wh when ... you cut ... (この辺で、うがー、うぐぅぉぉぉぉー、早くしてくれと切れる!)」とやられると待つのが辛いです。その点、OALD派は、「Er, It's a, er, tool, (Ok it's a tool. Go on!) er to cut paper. (Well done!)」みたいに、優しく待つことができます。OALDの方が、結論を先に出して、細かなことを付け加えていくという英語のロジック(特に新聞等はそう)を学ぶのに適していると思います。コウビルド派の一部には「私は、英語のロジックばりばりで、会話も流暢よ。」という方もおられると思います。そういう方には、「恐れ入りました!」と深々と頭を下げるしかありませんです。確かにコウビルド派(学習者)で、ものすごく英語のできる女性にお会いしたこともあります。でも、普通の人(特に男性)は、コウビルドの定義文で学んで、簡潔な英語が話せるようにはなりにくいと思います。私のレベルが低いせいか、コウビルド派から、コウビルドばりのオーセンティックでかつ難しい英語で話しかけられたことはありません。レベルが低くてすみません。OALD派の女性(学習者)でOALDのように簡潔な表現で、かつ、OALDの例文のような単語のイメージをつかみやすい表現を使って話す女性にあったことはあります。
まあ、結局、行きつくところは、好き嫌いの問題でしょうな。コウビルド派の方で、気を悪くされた方がおられましたら、ごめんなさい。でも、「私はコウビルド派だけど、しっかりした英文が書けるわ!」といって、難しい英文で抗議のメールを出すのだけは、勘弁して下さい。コウビルドばりの超オーセンティックな文章なんて、拙者理解できませぬ。斬り!!
平成17年5月15日
ゴールデン・ウイークにいろいろな掲示板を読みあさりました。掲示板に書き込むのは疲れるだけなので、ここに差し障りのない程度に感想を書いてみます。
先ず、発音。いろいろな意見があるとは思いますが、常識的にモデルは1つに絞った方が良いと思います。『ギムスン英語音声学入門』(竹林滋訳 金星堂)の「英語発音の教育」に、外国人学習者は『まず初めのうちは、自分の発音のモデルをただひとつのタイプの口語英語に求めるのがよい。そして、ネイティブスピーカーのの真似をして、文体やその場の状況に応じて自分の発音を意識的に変えようとしたりせず、「ていねいな口語体」(careful colloquial stale) (§11.22参照) と呼ばれてきた話し方に限るのがよいであろう。そのスタイルで話していて自信がつき、正確にまた流暢に話せるようになったら、自分の聴取能力の幅を広げるために、次第にほかの主要な方言などに接していくのもよいであろう。』とあります。グレゴリー・クラーク氏は、いろいろな方言の混ざった発音をフルーツサラダ・アクセント(?だったと思う)と呼んでいたと思います。ネイティブからは、訛りが一定していないと非常に聞きにくいそうです。佐伯智義氏の本にも、最初に訛りのあるフランス語を学んでしまって直せなくて苦労していた人の話が出てきます。まあ、いろいろ変な訛りの発音で練習して大丈夫だと思う人は、自己責任でやればいいと思います。
さて、ギムスン氏の文を読んだからといって、イギリス英語の発音を習得しようとしている学習者は、「えぇー、日本で、イギリス英語だけ聞くなんて、無理じゃん!どないしよう」などと焦る必要はないと思います。日本語の場合で考えてみれば分かると思いますが、例えば、関西の子どものいる家庭に、東京の親戚が来たときに、「うっとこの子に、訛りが移るんで、おかしい東京弁で話さんといて」みたいなやりとりがあるとは通常では考えられません。少々くらいなら、他の方言を聞いても、大丈夫でしょう。実際、イギリスのテレビでは、アメリカ英語も結構流れています。夏休みなんかには、日本の特撮ものもアメリカ英語で吹き替えられて放送されたりしています。まあ、師匠の言葉をかりれば、コモンセンス の問題ということになると思います。
訛りで一つ追加です。私は、テープではギムスン氏の発音で、実際の発音では、イギリス人の同僚からも本物のRPを話すといわれていた先生から学びました。次の学校で異様に訛りに敏感な先生に学んだときに、「うーん、不思議だ。君の英語にはときどき南西部訛りが入るようだ。全体としては日本人訛りのRPなんだが、・・・。」といわれました。実は、本物のRPを話すという先生の出身地は、英国南西部のトーキーでした。確かに、単語レベルで無声音でなく有声音を使うという(conversation を*コンバゼイションと訛ったり、resource 等でリソースよりリゾースを好んだりという)例はありましたが、それだけでなく全体として、ふと南西部訛りを感じるということでした。(南西部出身の先生とは、非常にうち解けた雰囲気で話していたので、他では見せなかったことですが、たまたま先生が無意識のうちに口にした*コンバゼイションという訛った発音を 私が掴まえてしまったようです。テープにはっきり*コンバゼイションと残っていましたが、その先生にも他の先生にも訛りだと指摘されました。今でもふと*コンバゼイションといってしまうことがあります。)
あと、聞き流せばいいというものについて。その方法で、効果があるないは別にして、「ネイティブの子どもが聞いて覚えるように」という触れ込みについては嘘です。ネイティブの子どもが話しかけられる言葉には特徴があります。これは、保護者ことば(caretaker speech)と呼ばれています。特徴としては、高音部が強調される・誇張したイントネーションを用いる・繰り返しを多用する等が挙げられます。(保護者ことばではネットでひっかからなかったです。世話人言葉とケアテイカー・スピーチと訳されているものはありましたが、・・・。保護者ことばは、昔はマザリーズ(motherese)と呼ばれていました。子どもを育てるのは、お母さんだけじゃないということで変えられたらしい です。そんな訳で、マザリーズで検索をかけてみて下さい。)
要するに、宣伝にあるようにたくさん聞けば、話せるようにはなるかも知れませんが、ネイティブの赤ちゃんが聞くのとは違う方法だということです。自分の体験として、子どもの英語が聞けるようになったころにリスニングがちょっとアップしたような気がします。そういえば、留学中のホームステイ先 でのことですが、上級クラスにいたドイツ人の女の子が、独り言や冗談をいうときにしきりに保護者ことばのような口調を使っていました。本人もふと気づくと使っていたようです。私も一時期、BBC School Radio を聞いた後、なぜか保護者ことばみたいな口調で英語の独り言をつぶやいていました。
まだまだ、他にもいっぱいあるのですが、最近あまり反応もないので、まあ、この辺で止めておきます
先週、「最近あまり反応もないので、」と書いたら、1通だけメールをいただいた。最近では、5月8日の書き込み一番おもしろかったそうだ。こういうフィード・バックがあるとやる気が出るのだが、・・・。
今回は、ちょっとだけ悲しかったお話しを。某神社境内で白いタンポポをみつけた。こっそり抜いて持ってきた。清涼飲料のパックを洗って水を入れたものにタンポポを入れておいたのだが、家につくまでに、かなりしおれていた。家に着いたら、植木鉢に植えてやった。花のある茎は割り箸を立てて、それに縛ってみたものの、葉っぱはへろへろで土に付いている。
パイロゲンを希釈した水から、いろいろなパワーグッズまで駆使してみた。パイロゲンを希釈した水だって、料理の鉄人でも使われていたシーガルフォーという浄水器で濾過したものだ。気持ちが通じたのか、翌日、葉っぱが幾分元気になった。葉は3枚だけなんとかなるような気がした。花はどんどん干涸らびていっている。
その翌日、葉が1枚枯れた。またまたその翌日もう1枚枯れた。しかも、残りの1枚も、少ししおれかけている。さらにもう1日過ぎると、なんと、新しい小さな葉が1枚出てきた。力強い生命力に感動。前から残っていた最後の1枚の葉もかなり弱ってはいるが、なんとか持ち直しそうにも思える。
さて、その翌日、「な、な、ないっ!」。葉っぱがない。枯れたのではない。跡形もなくないのだ。前に枯れてしまったものは、残骸が残っているが、希望の2枚の葉が、跡形もない。虫に食われてしまったとしか思われない。なぜ??? しばらくは、疑問符が、100個くらい頭の中を、ぐるぐる回っていたが、ふと、ある人の言葉を思い出した。
無農薬で野菜を作っている人が、『自分の畑の作物は、見た目はよくない。隣の農薬散布の畑は、青々として立派な野菜だ。でも、虫や鳥は、全部うちに来て、うちの野菜だけを食べていく。やっぱり、自然の本能のなせる業かなあ。』というようなことを言われていた。
うーん、うちの場合、タンポポだけにいい水をやったりしたので、虫がおいしそうだと、一気に食べ尽くしてしまったとしか考えられない。ほかの花には、カルキ入りの水道水。タンポポのためにとやったことが、徒になったようだ。かわいそうなことをした。
えっ、英語に全然関係ないって?じゃあ、タンポポは、英語で dandelion といいます。えっ、そんなの知ってるって、ごめんなさい。でも、今日は、この辺で、・・・。
昨年に引き続き、TOEIC対策コースを取っています。今年の先生は、ちょっと、ベースが違う。アメリカの大学を出て、アメリカで金融関係で働いた経験のある女性だ。もちろん、派遣元の語学学校では、それなりの研修を受けているのだろうが、ときどき、教養のあまりない教育素人のネイティブのような教え方をする。
TOEICの問題に出てきた、by / until / till の違いをうまく説明できなかった。私が、ネイティブに、byは「までに」、tillは「まで」と説明を受けたと言っても信じない。辞書にもそう書いてあると言っても信じない。これは、宿題にさせてくださいと言って帰って行った。
これは、普段は日本語の訳を使うのを嫌うあの師匠が日本語訳を使って説明して下さったものなのだ。日本語日常会話OKで、正式に資格のある(英語の)ネイティブの説明が嘘と言うんかい。日本語も、ときどきおかしい(あるいは、方言?を混ぜて、わしには通じん)、(おそらく正規の資格のない)あんたが、師匠も、辞書も違うと言うんかい。あほらしくて、力抜けたわ。
しかし、今年のTOEIC対策コースは結構レベルの高い学生が集まっていて、かつ留学経験者も数人いるにもかかわらず、わしのほかには誰も反論せんかったのは、不思議じゃ!普段は、洋行帰りをひけらすように、バタくさい発音を使ったり、アグレッシブに反論したり、出羽の守(ロスでは、・・・とかでは・ではうるさい)になったりするくせに、借りてきた猫のようにおとなしかったのは、ほんとにわかんなかったんだろうな。
でも、師匠が説明したときでさえ(私も含めて)みんな、すぐには分からなかったからなあ。師匠が、日本語だろ?なんで、わかんないの?みたいに何度もあきれてたな。私は、師匠のレッスンを長いこと受けたから、by / until / till の説明も何度も聞いたけど、みんな毎回なかなか分からなかったな。わしも、何度かあきれられて、あのページの記憶法を編み出して記憶を定着させたのじゃ。
まあ、英語で、by / until / till の違いを考えようとしても、脳の能力を英語でほぼ使い切っているので、「までに」や「まで」という日本語をいわれても、その違いまで意識に上がってこないのだろうと思う。なんといっても、わたくし達は、日本語ネイティブなので、「までに」や「まで」なんて、無意識のうちに使いこなしているんだよなあ。改めて違いを意識しようとしても、すぐには、意識に上ってこないのだろう。
とにかく師匠のすばらしさを再確認したできごとでした。しかし、あの講師どんな顔して次の講義に来るんだろうな。(最近ストレスたまってませんか?って。・・・ほっといてんか。)
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