新たなる野望者 第6章 「本当の勇気」
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天気の良い昼下がり。 木々の青々とした香りが非常に心地よかった。 風も穏やかで、たまに葉をさらさらと鳴らせるだけである。 なにもすることがなければ絶対に腰を下ろして昼寝でもしたいという気分にさせた。 しかし、その和やかな雰囲気の中でもそうは思う事はできない者が居た。 その者とは、10代の少年であった。 腰に剣を携えていることから容易に剣士とわかる。 そして、その少年が全速力で疾走してきたのである。 少年は既に長い距離を走っているようであった。 額からは滝のように汗が流れ息も相当切れていた。 しかし、休むわけにはいかない様子であった。 人通りの少ないこの街道も、この少年によって一気に雰囲気が変化した。 別に少年の心が廃れているわけではない。 何かのために必死に走っているという感じであった。 「急がなくては!・・・急がなくては・・・!」 少年は、心の中でずっとそうつぶやいていた。 少年の名は、ヒックスという。 彼は解放軍での戦いが終わったあと、修行の旅に出ていた。 自分の故郷である戦士の村の掟のためでもあったが・・・ またこの旅には、幼なじみであるテンガアールという少女もついてきていた。 しかし、彼の他には少女はおろか人は全くいなかった。 静寂の中に彼の息と駆け足の音だけが響いているのであった。 彼はいったい、何に急いでいるのだろうか・・・ 2日前 「あっ、ヒックス。町が見えてきたよ。」 テンガアールが、草原の先に見える中規模の町を指さして言う。 「ほんとだ。どうやら夜になる前に着けそうだね。 えーと地図によるとヘッズかな。 ちょうど大陸から突きだしている地形の先にあるからそう付いたみたいだね。 ここからなら船も出ているようだし。」 ヒックスがその町の方を向き答える。 「良かった。ボクは野宿はイヤだからね。」 テンガアールが誰から見ても本心を語るような様子で言う。 旅には野宿がつきものであるが、20歳前の少女にとってはとてつもなくイヤなものと 思われても仕方がない。 昼間と違って、すがすがしさもない。 時期によっては、じめじめとした空気が安眠を拒む。 ただ、ヒックスがいたおかげで恐怖心からは逃れることはできていたが、それでも野宿 が好きになるには、ほど遠かった。 2人が町に入るとちょっとした異様な雰囲気があった。 外を歩いているのは、大人の男だけであった。 たまに腕に自信のありそうな体格のおばさんが、武器なのだろうかフライパンを片手に 歩いていたりすることもあったが、子供はおろか女性の姿はまずなかった・・・ 日が暮れかかっていたのは事実だが、まだ決して遅い時刻ではない。 「ねぇ、どうして男しか歩いていないんだろう?」 テンガアールはきょろきょろ見回しながら話す。 「テ、テンガアール。あんまりきょろきょろしない方が良いよ。」 ヒックスは、何かに脅えるかのようにテンガアールを止める。 「どうしたんだい、ヒックス君。いざというときは君が守ってくれるんじゃない?」 テンガアールは意地悪半分でヒックスに問う。 「う、うん。もちろんだよ」 ヒックスは相変わらず、自信がないような答えであった。 「2人で旅をしているのかい?」 ここは宿のフロントである。35歳程度のおばさんが部屋を用意してくれた。 たぶんここのオーナーの奥さんであろう。 「ええ、そうです。」 ヒックスが答える。 「この人が一人前になるために旅をしているんだけど、なかなかねぇ・・・」 テンガアールがハッキリと言う。 「テ、テンガアール。そんなことをここで言わなくても。」 ヒックスが、否定したいがごとく言い返す。 「本当のことを言っただけですよ−−−だ。」 テンガアールは、軽く返すだけであった。 宿のおばさんはこの話に、にこにこと笑っていたがその後まじめな顔に戻り 「ひとつだけ気をつけた方が良いことがあるんだよ。」 言い争うとしていた2人は、同時におばさんの方を向いた。 「絶対、夜中に1人で表に出てはいけないよ。」 部屋は別々に取ったが、とりあえず寝るまでの時間までテンガアールはヒックスの部屋 にいた。 2人別々の部屋の方が当然高くつくが、だからといって一緒の部屋でというわけにもい かなかった。 この旅は、宿を使うことが多いので非常に出費が多い。 テンガアールがついていくということで、彼女の親である村長がいくらかのお金をもら えたが足りるわけではなかった。 結局、ところどころで仕事を受けると言うことになるのだが、ヒックスの自信のなさが 災いしてか、剣を使う仕事を受けたことはなかった。 テンガアールは店で雇われるとか、ヒックスの場合はちょっとした力仕事を手伝うとい う感じであった。 それが、テンガアールには不満であった。 別に、こういう仕事は報酬が安いからではない。 ヒックスがいつまでたっても力を伸ばそうとしないからである。 剣の仕事でも、ちょっとした仕事なら自分の実力も見られるし、修行にもなるはずなの に・・・。 「ふう・・・」 テンガアールがヒックスのことを考え、ため息をつく。 「どうしたんだい?」 ヒックスは、その姿を見て問いかける。 「別に、なんでもないよ。」 テンガアールは、何事もないように言い返す。 続けてヒックスは、 「ところで、夜中に外に出ては行けないというのはどういうことなんだろう? そういえば町に入った時も、子供と女性が出歩いていなかったという事と関係がある のかな?」 「だったらヒックス、せっかくだから外に出て調べてみない?」 ここぞとばかりに、テンガアールは提案する。 しかし、ヒックスの返事は・・・ 「とりあえず、今はやめておこうよ」 と、いつものような返事であった。 「解放軍での戦いで変わったと思ったのに・・・」 テンガアールはそう思いながら、またため息をつく。 翌朝、ヒックスはいつもどおり起床し、身支度を済ませてから食堂へ向かった。 食堂にはテンガアールの姿はなかった。 テンガアールがあとになるのはいつものことであったのでヒックスは開いているテーブ ルへつくと、モーニングセットを注文した。 テンガアールと食事が来るまでの間ヒックスは考えてみた。 自分はどうして自信が持てないんだろう。勇気が出ないんだろう。 昨日のことだって本当は調べて解決してみたかった。 しかし何かの事件としたら自分は相手と戦えるのだろうか? いや、そんな自信はない・・・・ 解放軍の時は、仲間がいたから安心できた。 ましてやネクロードの時は・・・ いったいどうすれば、強くなれるんだろう。 と、あれこれ考えているうちにモーニングセットが運ばれてきた。 ヒックスがパンを頬張っていると、 「おや、あのこは一緒じゃないのかい?」 昨日、案内してくれたオーナーの奥さんであった。 「おはようございます。」 ヒックスは頬張っていたものを飲み込んでから挨拶した。さらに、 「彼女はいつもこうなんですよ。」 と付け加えた。 「そうかいそうかい、女の子は身支度に時間がかかるもんだしね。」 おばさんは、自分が若かったときの頃を思い出しながら言った。 「でも、遅いなぁ。」 ヒックスは言う。 比較的テンガアールは時間にはしっかりしていた。 身支度には時間がかかるものの、ヒックスが食事を始めた頃には食堂に来るはずであっ た。 「大丈夫よ、ちょっと時間がかかかっているだけよ。」 と言いながら、おばさんは仕事へ戻っていった。 ヒックスは、だいたい納得をし食事を続けた。 ・・・遅いなぁ。 食事を済ませてからだいぶたつというのに、まだテンガアールは姿を見せなかった。 「あれ?あのこはまだなのかい?」 今度は食器を片づけに来たおばさんが言う。 「ええ、まだなんです。ちょっと部屋に行って呼んできます。」 ヒックスがそう言いながら席を立つ。 「お待ちよ。わたしも行くよ」 おばさんは、フロントに寄ってから、 「またせたね。じゃあ行きましょ。」 とヒックスに声をかけ、共にテンガアールの部屋へ向かった。 トントン 「テンガアール、準備はまだかい?」 ヒックスは、ドアをノックしたあと問いかける。 しかし、返事はまったくない。 ヒックスは同じ事をもう一度してみたが、結果は一緒であった。 まだ寝ているのだろうか。 「ちょっと、向こうへ行ってなさい。わたしが入るから。」 おばさんが鍵を取り出し言う? 「え?」 ヒックスはいまいちわかっていなかった。 「女の子が寝ている部屋にあんたが入るわけには行かないでしょ?」 おばさんの意見にもっともと思ったヒックスは、階段の踊り場まで移動した。 「失礼しますよ」 部屋に入っていったようだ。 でもなんで寝坊なんかを・・・ ヒックスには不思議でしょうがなかった。 「ちょっと来て、大変だよ!」 おばさんの怒鳴り声が聞こえた。ヒックスは急に不安になりながらも夢中で部屋に入っ た。すると、部屋の中にはテンガアールの姿はなかった。 しかし荷物はそのままだった。 一瞬、病気などで苦しんでいるのかと思ってしまったが、それはないようでヒックスは ひと安心した。 しかし、まだまだ安心しきれるわけがない。 「どこに行ったんだろう・・・」 ヒックスは心配そうな表情で言う。 「まさかあの子、注意を無視して夜中に出かけたのでは・・・」 「どうして夜中は危険なんです? そういえば、この町に入ってきたときも子供と女性の姿が見えませんでしたが。」 「本当は旅の人には話したくなかったんだけどね。これじゃ仕方がないね。 ここだとなんだからわたしの部屋まで来てくれないかい?」 2人はフロント奥の部屋に入った。 家は別にあるらしく、ここはちょっとした休憩に使われるだけのようである。 おばさんは、お茶を入れてヒックスに渡した。 そして自分の分も入れてそれを一口飲んでから 「はじめに言っておくけど、このことは他言無用だからね。わかったかい?」 「わかりました。」 ヒックスは素直に言う。 おばさんはうなずくと続けて、 「最近この近辺に、人身売買を扱う悪い奴らが出てきてねぇ。 しかもそいつらは、子供と女性を誘拐しては、売りに出すそうだよ。」 「ほ、本当ですか?」 ヒックスは信じられない様子で問う。 「ここで嘘を言ってもしょうがないでしょ?確かにわたしも信じたくなかったけどね。 現に何人かが既に行方不明なのよ。」 おばさんは、呆れ顔で続けた。 「警備隊や国家はなにもしないんですか?」 ヒックスは、誰でも持つ疑問をぶつける。 「確かに、捜査はしているようだよ。しかし犯行が夜中だからね。 警備の人員も足りないようだし。 この程度の町じゃそんなに人は使えないのが実状のようで・・・ 町から出れば、警備もまずできないしね。 アジトも頻繁に変えているようで手がかりはなし。」 おばさんは、次々と事件の内容を話す。 「やけに詳しいですね。」 ヒックスが質問をする。 「あら、当然よ。一緒に住んでいる主人の弟がこの町の警備隊長をしているから。 そうね、彼に頼んだ方が良いかもしれないわね。」 おばさんは、ポンと手を叩きながら言う。 「お願いします。」 既にヒックスは必死な表情であった。 「うーむ。そういうことか・・・・」 ここは、ヘッズの町の警備隊隊舎である。 中年の男が煙草をやりながら考え込む。彼がこの町の警備隊長で名をウェルスというら しい。 見た目にはけっこう渋く、体力的にもありそうである。 しかし、とても疲れているような感じがした。例の事件のせいであろう。 ウェルスは続けて、 「で、アンナ。彼女が出ていったのには気がついたのかい?」 「どうだろうねぇ。ちょっと眠ってしまったときがあったからね。」 この会話でやっと宿屋のおばさんの名がわかった。アンナは状況を思い浮かべながら言 う。 まぁ、見ているとすれば確実に止めるはずなのでこんな事にはならないが・・・ 「ちょっと聞きたいのですが?」 ヒックスが聞く 『なんだい?』 ウェルスとアンナが同時に返す。 「まだ、テンガアールがその一味に捕まったと決まったわけではないと思うのですが。 僕は少し探してみようかと思います。」 と、ヒックスが提案する。 「うむ。それが良いだろう。わたしの方も念のため色々調べておくよ。」 ウェルスが協力を約束した。 「じゃあ、わたしは彼女が宿へ戻ってないか確かめてくるよ。」 アンナはそう言いながら宿屋に戻っていった。 ヒックスもアンナの後を追うかのように外へ出た。 外は、日差しがまぶしかった。 かすかに海からの潮のにおいがする。 しかし、この雰囲気を楽しんでいる暇はなかった。 ヒックスは、道行く人にテンガアールの特徴を言い、見かけなかったかどうか訪ねた。 しかし、見かけた者は誰も居なかった。 1時間後、ヒックスは重い足取りで警備隊隊舎に戻った。 そこには、アンナも戻っていたが表情はさえなかった。 ヒックスは聞くまでもなく結果がわかった。 「ウェルスさん、相手のアジトは全く判らないんですか?」 ヒックスがウェルスに問う。 これだけ探しても見つからないという状況から判断して、テンガアールを見つけるため にはその犯罪組織に接触する他はないだろうとヒックスは判断していた。 「そのアジトが判ったとしたら?」 ウェルスが念のためにたずねる。返ってくる答えはわかっていたが。 「会いに行きます。」 ヒックスが返す。 「戦いになる可能性が高いぞ。」 「うっ・・・」 ヒックスはちょっと戸惑ったが、 「いえ、絶対に行きます。」 「そうか・・・・でも、ダメだ」 「どうしてですか?」 「世の中そううまく行かないんだ!」 「え?」 ヒックスはこの台詞の意味がわからず、唖然とする。 「おやおや、わたしの話を忘れたのかい?」 アンナが口を挟んだ。 「ああ、見つからないんですよね。」 ヒックスは思い出すように言う。 「そう、ハッキリ言わなくても良いだろう?」 ウェルスは苦笑した。 「あっ、そうだ。1つ良い方法があるよ。」 アンナが、さっきと同じように手をポンと叩き言う。 「え、なんですか?」 ヒックスが急に声を明るくして言う。 「この町からちょっと離れた森に、1人の老女の占い師が住んでいるのよ。 その人に聞いてみてはどうだい?」 アンナが、その占い師が住んでいる方向を指で指しながら言う。 「本当ですか?」 ヒックスが突破口ができた気がして声が弾む。 「ヘリーユの事か?あの婆さんはダメだ・・・」 ウェルスが、呆れた口調で言う。 「どういうことだい?人柄は良い方じゃないらしいけど良く当たると評判のはずよ。」 「実はな、ここの面子よりも被害者を大事にするという結論になって、ヘリーユに頼み に行ったんだ。だがその婆さんは『悪いけど、それはあんたらの仕事だろう?』 と言って、断られたんだ。」 「あはは、あの婆さんらしいじゃない。」 アンナは、笑いながら言う。 「笑い事じゃないぞ!こっちは面子を捨ててまで頼みに行ったんだ。 それといまの話は多言無用だ。警備隊の信用に関わるからな。」 「ごめんごめん。わかったわよ」 アンナは、笑いをこらえて言う。 「わかりました。しかし、ということはその占い師に頼ってもダメですか?」 ヒックスが、また望みを絶たれて落ち込んだ口調に戻る。 「でもねぇ、せっかくだから行ってみたらどうだい?」 アンナがなぐさめるように言う。 「希望はもてないが、万が一のこともあるからな。こっちも調査は続けておくから」 ウェルスもつづく。 「わかりました。その人のところに行ってきます。」 ヒックスは、隊舎を飛び出していった。 30分くらい走ると森の街道の中に1軒の家が見えてきた。いちおう入り口の道には 「ヘリーユ占いの館」と小さな立て看板がささっていた。 「ここか」 ヒックスは、切れた息を整えてからその家のノックを叩いた。 「なんだい?」 家の中から、老人の声が聞こえた。 「占って欲しいことがあるんです。」 「お客さんかい。若いとみたがそれなりの料金はもらうからね。」 ヒックスは財布の中身を確認して これだけあれば何とかなるだろう・・・ 「大丈夫です。」 「じゃあ、待ってな。いま開けるから」 アンナが言っていたとおり、ちょっと付き合うには難しい人のような印象とヒックスは 思った。 扉は自動的に開いた。 中には魔法の道具や本がたくさん並んでいた。 真ん中に丸いテーブルがあり、中央には大きな水晶玉が置かれている。 まさに、占いの館の典型的な図であった。 ヒックスは、周りをきょろきょろ見回している。 「そんなに珍しいかい?少年よ」 水晶玉の向こうに、1人の老人が座っていた。 彼女がヘリーユであろう。 「は、はい。こういうところは初めてなので」 ヒックスがヘリーユの方に振り向き言う。 「正直じゃの。」 「い、いえ・・・」 ヒックスは返事に困ってしまった。 「悪い事は言ってないんじゃがの。おまえさんはもう少し自分に自信をもちな。 で、何を聞きたい?」 ヘリーユは相変わらず表情を変えなかった。 「ええ、わたしと一緒に旅をしている女性が行方不明になったんです。 その彼女がどこにいるか占って欲しいのですが。」 「例の事件がらみか? 「ええ。」 「で、彼女の特徴は?」 ヒックスは、テンガアールの特徴を話した。 「そうか、では悪いけど500000ポッチもらうよ」 「そ、そんなにですか?」 あまりにも法外な金額にヒックスは途方に暮れそうだった。 「この業界は何かと物いりでね。悪いけどいつもこのくらい貰っているんじゃよ。」 ヘリーユは淡々と言う。 確かに魔法のアイテム関係は安いとは言えないが、封印球の値段から考えると相当ふっ かけられていると思わざる負えない。 ヒックスは正直に 「そんなにお金はもっていません。」 「そうか。じゃあ、お引きとり願おうか。」 「そんな!彼女の命が危ないかもしれないんです・・・。有り金はすべて出します。 だから、お願いします。」 ヒックスは嘆願する。 テンガアールのことになると普段のヒックスではなくなるのは前のネクロードとの戦い と同じであった。 しかし・・・ 「そういう願いは聞き入れられないんじゃ。 こういう特殊能力を持っていると良くそんな願いを聞く羽目になる。 しかし、ここで願いを聞き入れてしまうとどうなるか、おまえさんわかるか?」 「い、いえ。」 ヒックスは、全くわからなかった。 「世の中には困っている者が多い。1人の願いを聞くとそのうわさは瞬く間に広まる。 これは当然の事じゃ。そして同じ願いを持つ者が何人もやってくるであろう。 1人の願いをかなえて他の者はかなえないと言うわけには行かないだろう? そうすると自分の身を削ってまで途方な人数を助ける羽目になるであろう。 全員助ければ英雄だが、1人でも断れば悪者じゃ。 人間なんてそういう者なんじゃよ・・・」 ヒックスは黙って聞くしかできなかった。 ヘリーユの言うことは確かに理にかなっていた。 「わかったならば、お引きとり願おうか。」 ヘリーユはあっさりと、切り捨てる。 「し、しかし・・・」 ヒックスは、その場を離れようとしなかった。 ヘリーユがここまで言っているという事は、間違いなく能力があると言えるだろう。 もはや手がかりはここにしかないだろうと思った。 「駄目と言ったら駄目じゃ。占って欲しければお金を用意する事じゃ。大金が必要であ れば、『やはりか』とあきらめるからこちらとしても、大きく悪者扱いにはならない からな。」 「でも、わたしにはそんな大金は出すことができません。しかし彼女を助け出さないと いけないんです。占ってくれるまでここに居ます。」 「勝手にしな。だけどわたしの気持ちは変わらないよ。」 かれこれ4時間は経過しただろうか・・・ こんなところでこんなに時間を費やして良いのだろうか? しかし、もう手がかりを得るにはここしか・・・。 調べて貰っているウェルスさん達には悪いがいままでから考えると事態が好転している とは思えなかった。 もし好転していればアンナさんのことだ、きっと連絡をくれるだろう。 それにしても、テンガアールは無事なんだろうか・・・ ヒックスはずっとテンガアールの心配だけをしていた。 そして、ついに外は暗くなった。 ヘリーユは、ヒックスのことを完全に無視し魔法の研究などを別室で行っていた。 それでも、ヒックスはあきらめずに入り口のそばに座っていた。 ヘリーユはそれを全く気にせず寝室に入った。 しかし、さすがのヘリーユも、ヒックスを気にし始めていた。 いままでも何人かの者がヒックスと同じように粘っていたが、大概の者は数時間で諦め て出ていったものだ。 ところがヒックスは違った。 既に8時間以上粘っていた。しかも何かに集中しているようだった。 何に集中しているかは誰でもわかった。探している少女のことだろう。 そこまで大事にしたいんだろう。 ヘリーユの心に変化が起きようとしていた。 しかし、それを振り払うように首を大きく振りながら 「いかんいかん。このおかげで昔どんな目にあったか・・・」 ヘリーユは横になる。 しかし、どうしても寝付けなかった。 あの少年が気になってしょうがない。 魔力を集中させ、居間にいる少年を感じとる。 少年はまだ居る。 しかも眠らずにまだ少女のことを考えている。 少年がここまで好いている少女はどんな子なのだろうか。 とうとう昔の癖が出てしまった。 気が付いたら既に彼女を探し始めていた。 占いというのは表向きの形である。 当然あの水晶玉は飾りであった。 ヘリーユは自分の持つ巨大な魔力を使い、少女を捜索する。 ヒックスから特徴は聞いていたし、彼があれだけ集中して彼女のことを考えていれば、 望まなくても彼女の顔などがヘリーユの頭に入っていた。 テンガアールの捜索はさほどかからなかった。 「ほー、なるほど。こいつは興味があるねぇ。」 どうやらテンガアールの何かに興味があるようだ。 「とりあえず彼の意志をもう少し確かめてからでも良いであろうな。」 ヘリーユは眠りについた。 翌朝、ヘリーユはいつものように起床した。 居間に行くとヒックスは未だに一睡もせず同じ場所に座っていた。 目には隈ができていたが意識はハッキリしていた。 ずっとテンガアールのことを考えていたためであろう。 ヘリーユは、小さく笑うとこう言った。 「あんたには負けたよ。今回だけは特別に教えてあげよう。 しかし金の代わりにある条件を出させて貰うよ。」 ヒックスは、すっと顔を上げ 「本当ですか?条件は何ですか?何でもします!」 声には、歓喜の雰囲気がありありと感じた。 「なぁに、そんなに難しいことではない。 彼女を見つけたらここに連れてくればよい。」 「そんなことで良いんですか?」 「そうじゃ?良いんじゃな?」 ヘリーユはちょっと怪しげなほほえみを浮かべる 「そ、それで良いのなら。お願いします。」 ヒックスはその表情を見て一瞬戸惑うが、背に腹は代えられない。 ここで断ればいままでの何時間もの時間が無駄になるのだ。 「よし、商談成立じゃ。彼女の場所を教えてしんぜよう。」 ヒックスは、ゴクリと唾を飲むヘリーユの言葉に集中する。 「ここから、東へ20里ほど行ったところに、1件の廃墟があるそこに居る様じゃな。 他には3人の男が居る様じゃ。とりあえず今日1日はそこに留まるはず。 詳しくはおまえの頭に直接流すからな。」 そう言うとヘリーユは、呪文を唱えだした。 唱え終わると同時にヒックスの頭が誰かに触られているような感覚が襲った。 決して気分が良いものではなかったが、それが済むと、廃墟までの道順、景色、廃墟の 様子がハッキリとわかった。 「ありがとうございます。では一度失礼します。」 ヒックスは、いきり立って出口へ向かおうとする。 「待ちな。」 ヘリーユが呼び止める 「なんですか?僕は一刻も早く彼女を助けたいのです。ちゃんと約束は守ります。」 ヒックスが焦りながら言う。 「あんた昨日は一睡もしてないだろ? いくら彼女を助けたい気持ちが強くても、そのままだとおまえさん途中で倒れるぞ。 たどり着いても3人の男に首を切られるのがオチじゃろう? 急ぐのはわかるが、少しは自分の状況を考えるのも大事ではないのかの?」 ヒックスは自分の状況を考えてみる。 確かに昨日はテンガアールのことしか考えられなかった。 食事も朝食の後は全く取っていなかった・・・ 改めて考えてみたら急におなかが空いてきた。 「どうやら、わかったようじゃの。 だが時間はあまりないだろうから、特別にわたしが力を貸してやろうじゃないか。」 ヘリーユは再び呪文を唱える。 先ほどの魔法もそうだが初めて聞く呪文であった。 すると光のかけらがヒックスを包み込んだ。 しばらくヒックスの周りをひらひらと回りゆっくり光は消えていった。 するといままでの睡魔や疲れが一気に抜け、おなかの方も満足感を与えていた。 「久々にこの魔法を使ったからちょっと疲れたようじゃ。 わたしはひと休みするからあんたは行ってきな。 それと、ちゃんと約束は守るんだよ。」 「ありがとうございます。」 完全に回復したヒックスは、一礼をしてから、外へ飛び出していった。 すでに走り続けてどのくらいたっただろうか? 森の街道が永遠に続いているような感覚がした。 本当にこの道順で良いのだろうか? ヘリーユから受け取った道順は完全にヒックスの頭に入っていた。 しかしそれが正しいかは保証されない。 ただ、ヒックスはヘリーユが嘘を付いているとは思えなかった。 彼は走るしかなかった。 先ほどヘリーユに回復の魔法を受けていたので疲れはあまり感じない。 ただの回復の魔法ではないようだ。 さらに走り続けた後、ヒックスの目の中に見覚えのある風景が広がってきた。 彼が昔ここに来たわけではない。 先ほどヘリーユから受け取った風景だった。 とうとう迷路のような森の街道を抜けたのだ。 しばらく進むと1軒の廃墟が見えてきた。 見えたところでヒックスはスピードを落とし最後は立ち止まった。 「はぁはぁ・・・ここがそうか。」 切れた息を整える。 これから否応なしに3人の相手と戦う必要がある。 少しでも体力は回復させないといけない。 息が切れているなどもってのほかであった。 ヒックスはゆっくりと廃墟に向かう。 既に手は剣の柄と鞘を持っていた。 廃墟は平屋で大きいものではなかった。 少し先には海が見える。 どうやら明日にはこの海に迎えの船が来るのであろう。 廃墟に着いたところで中の様子を確認する。 廃墟だけあって、窓から覗くのは容易であった。 覗いてみると、3人の男が昼間から酒を飲んでいる。 その奥の部屋を覗くとそこにはテンガアールが居た。 後ろ手に縛られ、口には喋れないように布をかまされていた。 ・・・ちくしょう、なんてことを! ヒックスは、心の中で怒りを爆発させた。 運良く相手は酔っぱらっている。 3人でも何とかなるかもしれない。 そう考えながら、扉をチェックする。 外に開くことを確認し扉の死角側からノックをする。 「おい、誰かが居るぞ。」 中から男の声がした。 ここは黙りを決め込むという手が妥当なはずだが、酔っぱらっていて思考能力が低下し ていた。 これで誰かが居ると言うことを相手に知らせてしまったのである。 既に窓から見られているようでは、そういう問題ではないかもしれないが。 「迎えは明日じゃないのか?」 「おい、おまえちよっと見てこい!」 「へいへい。」 どうやら誰かか来るようだ。 ヒックスは剣を構える。こちらとしては一気に勝負をかけないといけない。 3人のうち誰かがテンガアールのところに行く前に決着を付けなくては行けないのであ った。 魔法を1つでも覚えれば良かった・・・ そう考えながら、出てくるのを待つ。 「なんか用か?」 ガチャ 扉が開いた。 男はなにくわぬ表情でまず開いた側に出てくる。 そっちには誰も居ないことを確認すると。 「なんだい、どこにいるんだ?」 と言いながら扉を閉めながら反対側を見る。 それと同時にヒックスは相手の襟をつかみ剣の柄で思いっきり首筋を叩く。 男はヒックスを見た瞬間、敵かも判断する暇もなく気を失った。 「だ、誰だ!」 異変に気づいた男がそばにある武器を持ちドアに向かう。 ヒックスは半分閉じているドアを開け廃墟に足を踏み入れ男に向かう。 しかし勝負はあっけない。 なにしろ相手は酒を飲みすぎて、既に千鳥足であった。 もはやどう考えてもヒックスの勝ちであった。 相手は、持っている剣をヒックスに向かって振る。 しかし、全く狙いははずれていた。 ヒックスは軽く避け、急所をはずして剣で相手を斬った。 相手は、その場に崩れ落ちる。 「ちっ、ここがばれてやがったのか!」 最後の1人は文句を吐きながら、予想通り奥の部屋に向かう。 「正々堂々と勝負しろ!」 ヒックスが叫ぶ。 しかし、犯罪組織相手にそんなことを言うだけ無駄である。 男は、全く聞かずに武器を片手に奥の部屋にさしかかった。 間に合わないか! ヒックスは必死に追いかけるが、男はニヤリと笑いながら奥の部屋に入っていった。 「テンガアール!」ヒックスが叫ぶ それと同時に、 「うわぁ!」 悲鳴が聞こえた。しかし男の声であった。 それと同時に赤い光が廃墟の壁を赤く染めていた。 あれは「炎の嵐」 赤く燃える部屋から1人の少女が駆け出してきた。 「ヒックス!」 「テンガアール!無事だったのかい?」 「ヒックス、ちゃんと助けに来てくれたんだ」 「当たり前だろ。ところでよく炎の嵐なんかだせたね。」 「ボクにあんな程度の事をしたところで拘束なんかできないよ。」 テンガアールは、にっこり微笑みながら答える。 「え?ということは・・・」 ヒックスはここでテンガアールが企んでいるようなことを感じとった。 「そ、ボクはいつでもここを抜け出すことはできたわけ。」 「何でそんなことを?すごく心配したんだよ。」 「ボクだって、君のことが心配だからなんだよ。」 ヒックスはふと考える。 そういえば戦ったのはこれが久しぶりであった。 普段は自分は戦えるのだろうかと、不安だけを感じてしまいどうしても戦いを選べなか った。しかし今回は違った。何も考えなくても自分は戦いを選んでいた。たまたま相手 がまともに戦えない状態であったにしろ勝利をつかんだのである。 「ヒックスは強いんだよ。もう少し自信を持ちなよ。 ヒックスはいつも敵じゃなくて自分に負けていたんだよ。」 ヒックスは今日のことで吹っ切れた気がした。 これでまた一歩戦士としても修行を積んだにちがいない。 「ありがとう、テンガアール」 ヒックスには、この一言しか言えなかった。 「さて、このあと町に戻ってからどこに行く?」 帰り道、テンガアールが次の目的地を相談する。 なお、犯人3人のうち炎に飲み込まれた1人を除いて、動けないように縛っておいた。 ウェルスに伝えとけば後は任せてしまうのが良いだろう。 「そうだなぁ、どこが良いかな。」 ヒックスもどこに向かおうか考える。しかしここであることを思い出した。 「あっ!」 「どうしたの急に?」 テンガアールは、驚いた表情でヒックスを見る。 「君をあるところに連れていかないといけないんだ。」 「あるところって?」 「君の居場所をつきとめるために、ある占い師に調べて貰ったんだ。 そのための法外な報酬の変わりに、君を連れてこいということになってね。」 「それで君はうんと言ったのかい?」 テンガアールはちょっと不機嫌そうに言う。 「仕方ないだろ?君を助けるためにはそれしかなかったんだ。」 「それって、ボクを売ったような気がするんだけど?」 「そ、そんな・・・」 ヒックスの表情が沈んでいく。 「冗談だよ。ボクのことを思ってのためだから許してあげるよ。 で、その占いの館はどこにあるの?」 テンガアールは元のにこやかな表情に戻った。 「この街道沿いにあるよ。」 ヒックスはホッとした表情で説明する。 「なんだ、帰り道なんじゃない。」 二人はまたいつものような会話をしながら、来た道を戻っていった。 「ヘリーユさん。約束通り連れてきました。」 ヒックスが扉を開け、ヘリーユを呼ぶ。 「ヒックス、なんかそれ悪者の親分のところへ連れてきているみたいだよ。」 テンガアールが鋭いつっこみを入れる。 「ああ、ごめんごめん。」 「わかればよろしい。」 「おや、ちゃんと帰って来れたのかい。とにかく入りな。」 ヘリーユがにこやかな表情でふたりを出迎える。 最初に会ったときとはまるで別人のようにヒックスは感じた。 3人は、例の水晶玉のあるテーブルを囲んで座った。 「あんたがテンガアールかい?」 「うん。そうだよ。あなたがボクの居場所をヒックスに教えてくれたの?」 「ああそうじゃ、このこは『金を持っていないからダメだ』と言ったのにずっとそこで 座り込んでいたんじゃよ」 ヘリーユは、入り口の方を向いて言った。さらに、 「うらやましいね。そばにこんなに想ってくれる人が居るなんて。仲良くやるんだよ」 いきなりの言葉に、ふたりは顔を赤く染める。 「ところで、何の為にテンガアールを呼んだんです?」 照れていたヒックスが、すばやく話題を変える。 「おまえさんは、魔法が使えるね?」 急にまじめな表情に戻ったヘリーユがテンガアールの方を向いて言う。 「ええ、使えるけど。」 テンガアールもいきなりの雰囲気の変化に若干、戸惑い気味であった。 「そうか。おまえさんはその能力で満足しているか?」 「ボクより能力が高い人はたくさんいると思う。」 「その能力を伸ばしてみる気はないか?あんたには人並み以上の素質を持っている。」 「それって、ここで修行をしろと言うことですか?」 ヒックスが、問う。 「悪いけどあんたはちょっと黙っててくれないかの?」 「はい・・・」 ヒックスはそう言いながら半分うつむいてしまった。 「修行ではない。おまえさんの能力を引き出さないか?ということじゃ」 「それって簡単にできるの?」 テンガアールが不思議そうに聞く。だけど興味は非常にあった。 「そりゃあ、簡単にできていたらいまごろは魔法戦争でも起きているだろうねぇ。 自慢ではないが、この辺でそんなことをできるのはわたしだけじゃ。 ただし、受ける側も大きな意志と実力を持たねばできない。」 「ただ、願うだけじゃダメなのね。」 「そういう事じゃ。もし意志があるのならこれからある者と対してもらうことになるが 良いかな?」 テンガアールはしばらく考えたのち、ヒックスの表情をうかがってみた。 しかし、ヒックスの表情からは不安しか見えなかった。 「心配してくれてるのかなぁ。」 とテンガアールは思う。 しかし、このような機会はまずないし、ここで逃げればヒックスがせっかく立ち直った のを潰すことにもなりかねないと感じたテンガアールは決断した。 「やるよ!」 「そうか、良く決心したのう。では、さっそく始める。その場に立つがよい。」 テンガアールは言われたままにその場に立つ。 ヘリーユは、呪文を唱える。 するとテンガアールの姿が次第に薄くなり、最後には消えた。 「き、消えた!どういうことなんですか?」 ヒックスは、ヘリーユに問いつめる。 「別に、攻撃した訳じゃないよ。ちょっとした戦いの場に運んであげただけじゃ。 ほら、ここから見れるよ」 ヘリーユがテーブルの上にある大きな水晶に手をかざす。 すると水晶玉にゆっくりと映像が映った。 ヘリーユはこんな事をしなくても見れるので、これはヒックスのためにであった。 テンガアールは、いままでにない雰囲気の中にいた。 まわりは真っ暗で、一歩でも動けば見えない底に落ちてしまうような気がした。 やがて、真っ暗な部屋に光が入ってきた。 床には大きな魔法陣が青白く浮かび上がりまわりの壁には様々な紋章が輝き出す。 これはただの演出だろうと思われるが、緊張感は増していくばかりであった。 そして、天井から聞き覚えの声がした。 ヘリーユである。 「これから、ある者と戦ってもらう。この戦いで自分の真の力を得るが良い。」 魔法陣の真ん中からひとつの影が生まれてきた。 そしてその影から、1人の女の子の姿が浮かんでくる。 『なに!?』 テンガアールと水晶を見ていたヒックスがほぼ同時に驚きの声を上げた。 なんとその女の子はテンガアールであった。 自分と戦うなんて、なんでそんなことを? テンガアールは、非常に複雑な心境であった。 「こ、これはどういう事なんですか?」 ヒックスが、ヘリーユの方を向いて言う。 しかしヘリーユは何も言わずに黙っていた。 偽物のテンガアールが早くも呪文を唱えだした。 テンガアールはそれを見て、懐から犯人からしっかりと取り戻しておいたナイフを取り 出し投げつけた。 しかし、偽物テンガアールを捕らえたはずなのに、ナイフは空を切って床に落ちた。 「な、なんで?」 「だめじゃよ。これは魔法勝負なんだから物理攻撃は効かないよ。」 ヘリーユの声がする。 その時、偽物の唱える呪文が完成した。 「炎の嵐」 炎の固まりがいくつも渦を巻くようにテンガアールを襲う。 しかし、普段自分も使っている魔法を避けるのはたやすいと考えていたのだが・・・ 「は、速い!」 炎の向かってくるスピードは、いつもテンガアールが使うものより数段速かった。 走って逃げるのでは間に合わず、最後は飛び込むような感じでやっと避けきることがで きた。 倒れたテンガアールはすぐに起きあがり、戦闘態勢を保つ。 相手は既に次の呪文を唱え始めている。 こちらも呪文を唱え始めた。 しかし相手の様子を見るために、簡単な魔法にした。 「炎の矢!」 炎が地面を伝って一直線に偽物の方へ進む。 これで相手が倒れるとは思えないが、どういった攻撃をするかを見るにはちょうど良い であろう。 炎が偽物を捕らえようとする寸前に、 「炎の矢!」 なんと呪文を唱えなおしていた偽物は同じ魔法で返す。 しかもテンガアールのより大きい。偽物を捕らえようとして炎は完全に飲み込まれ、炎 の矢はこちらに向かうだけになった。 しかしこれは炎の衝突によってスピードは遅くなっていたため。 テンガアールは簡単に避けた。 「こ、こんなことが・・・もう1人のわたしは完全に自分より能力が上なんて あの子はいったい何者なの?」 テンガアールは、それが相手を倒す答えになるのではと考えた。 しかし、簡単に答は出るはずがなかった。 戦いは一方的であった。偽物はどんどんと炎をテンガアールに向けていった。 テンガアールはそれをなんとか避けることが精一杯であった。 「このままだと・・・」 ヒックスは水晶を見てつぶやく。 「気持ちは分かるが、信用してあげたらどうじゃ?」 ヘリーユが呆れ顔で言う。 「で、でもこのままじゃ!」 ヒックスは気が気ではなかった。 「落ちつくんじゃ。 あの子はおまえさんが助けに行ったときはどういう感じだったか覚えているか? おまえさんを信じて待っておったんじゃよ?わざと捕まってまでね。」 ヒックスは冷静さを取り戻した。 いま自分ができることはテンガアールを信じることだけだと・・・ 「このままではいつかやられてしまう・・・」 テンガアールは、追いつめられていた。 すると、偽物はいつものと違う呪文を唱えだした。 「え?確かこの呪文は・・・」 「あらし!」 大きな空気の刃が発生しテンガアールを襲う。 「お、大きい! あっ!」 何とか避けきったつもりだったが、左腕をかすってしまった。 「しかし、なぜ風の呪文までも使えるのだろうか・・・ ま、まさか・・・」 テンガアールは右手で左手の怪我をかばいながらも何かを悟ったようだ。 「さてさて、どうかのう」 戦いを見ていた、ヘリーユがつぶやく。 それに気が付いたヒックスはヘリーユの方を見て不思議そうな顔をするが、また水晶の 方にの目線を戻した。 テンガアールは、静かに呪文を唱える。 「長きに渡り生命の息吹となる流れを与えるものよ、その生命の力を我が手に集い聖な るものへは息吹を、そして悪なるものへは怒りを表せたまえ・・・」 テンガアールは自分が持っている全ての魔力を手に集中させそれを開放する。 「輝く風」 戦いの場に2つの風が表れた。 ひとつは優しく健やかな風。もう一つは、激しく渦巻く風である。 テンガアールは優しい風を受け左手に受けた傷を回復した。 激しい風は、四方から偽テンガアールへ向かった。 そして渦巻く風の中で偽物は消滅した。戦いは終わった。 「結局あのボクは、自分の能力を最大まで出したボクだったんだね。 でもボクが紋章の力を借りずに魔法が使えるとは思わなかった。」 元の占いの部屋に戻ってきたテンガアールは、ちょっと疲れた表情で言う。 「自分の真の能力はなかなかわからないものなんじゃよ。そうじゃろ?おまえさんも」 ヘリーユがヒックスに向かって言う。 「た、たしかに。」 ヒックスも自分は強くないと思いこんでいて自信がなかったのがそれである。 「さて最後の仕上げじゃ。ちょっと我慢しなよ。」 ヘリーユは手をテンガアールの頭にのせて呪文を唱える。 「ううっ!」 テンガアールは、体に強烈な気が動いているのを感じた。 「よし、おしまいじゃ。気分はどうかの?」 「なんか、いままでのボクじゃないみたいだよ。」 テンガアールはきょろきょろと自分の体のあちこちを見ながら言った。 「見た目は何も変化しちゃいないよ。 おまえさんに潜んでいる魔力を全て開放したんじゃよ。」 「すごい、そんなことができるのね。えっ!」 テンガアールの表情が一気に曇る。 そして頭を抱えながらうつむいている。 「と、どうしたんだい!?」 ヒックスが、テンガアールに駆け寄り顔をのぞき込む格好になった。 「た、大変だよヒックス、ボクたちの国が・・・」 「ど、どうしたんだよ、テンガアール?」 「良くわかんないけど、何か大変みたいなんだよ。とにかく帰ろうヒックス。」 「わ、わかったよ。だから落ちついて。」 ヒックスは、テンガアールをゆっくり起こして落ちつかせる。 「風を操れるのはわかっていたが、ここまでとはねぇ。」 ヘリーユが感心するように話す。 「どういうことなんですか?」 ヒックスが問う。 「風というのは、音を運んだりするのはわかるかの? 風を操れるものはちょっと遠い音などを感じとれたりするものも居るんじゃよ。 さらに魔力が強いものは、遠くの状況などもおぼろげに感じとってしまうんじゃ。 彼女には生まれながらそういう能力を秘めていたんじゃろう。 これは思った以上じゃったな。」 「ヒックス、ぐずぐずしてられない。すぐに共和国に帰ろうよ。」 落ちついたテンガアールが提案する。 「わかった、荷物を取りに帰ってすぐ出発しよう。」 「ヘリーユ、せっかくボク能力を伸ばせてもらったのにお礼があんまりできそうにない んだけど。」 テンガアールが申し訳なさそうに言う。 「そんなことは良いんじゃよ。 それよりも行く前に持っていってもらいたいものがある。」 「なにを?」 「ひとつ目はこれじゃ。」 ヘリーユの左手の手のひらから1枚の札が出てきた。 「これを持って、隣町のネイザスにいる魔導士ビルに会いに行くように。」 「わかった。」 テンガアールが札を受け取り腰の小物入れにしまう。 「もうひとつはこれじゃ。」 今度は右手の手のひらから、1本の棒のようなものが出てきた。 「これはなに?」 テンガアールは不思議そうにその棒を見る。 その棒は良く見ると細かな模様が彫り込まれていた。 さらに片側は六角形の板が付いていた。 まるで刃がない剣の柄の様にテンガアールには見えた。 「初めて見るかのう。これは魔法剣というものを支援するためのアイテムじゃ。 おまえさんは戦士の村とかという村の出身じゃろ?ならば、剣はある程度なら使える な?」 「すこしならね。ヒックスの修行の手伝いもするし。 でもボクはナイフ投げの方がずっと得意だよ」 テンガアールはナイフを取り出し、投げる真似を見せながら言う。 「いまからはこれを使うんじゃ。 自分の魔力をこの柄に集中させれば魔法の刃が出てくる。 おまえさんならきっと使いこなせるはずじゃ。 時間がないから詳しい方法は直接おまえさんの頭に流しておくからな。」 ヘリーユは、ヒックスの時と同じ方法で、魔法剣の使い方を伝授した。 「ちょっとやってみて良い?」 「かまわんよ。」 テンガアールは柄を右手に持ちさらに左手を添えて魔力を集中させる。 ボワッ! 部屋中に黄色い光が反射した。 テンガアールの持つ柄からは非常に長くそして太い刃が生まれていた。 「こ、これが魔法剣なのね。」 テンガアールは、魔法の刃を消した。 黄色い光の反射がおさまる。 「これで、用事は済んだ。すぐにネイザスに向かうんじゃ。」 『はい!』 ふたりは同時に返事をすると出口に向かった。 「では。ありがとうございました。」 ヒックスは丁寧に礼を言う。 「また、会いに来るからね。」 テンガアールはさよならとは言わなかった。 ヘリーユはヘッズの町の人間には見せたことがない笑顔で見送った。 「さてと・・・」 ヘリーユはそう言うと、奥に入って何かを始めたようであった。
▽第7章「戦いに魅せられる者」 |
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